煙は嫌いだが、煙管は大好き
ところがそんなに「煙は嫌いだ」と避ける一方で、八雲はヘビースモーカーでもあった。そして、煙管の掃除も八百の役目だったのだが、その吸い方も独特だった。
先生の煙草は葉巻と日本の刻み煙草に限っていました。煙管は日本出来のもの3、40本ありまして、いずれも羅宇の長いもので1、2回吸うと直ちに他の煙管と取り替えて座れる癖でした。私がこの3、40本の煙管の掃除をやりましてこれを一つの箱に収めておきました。
普通、煙管は詰まるまで吸い続けるものだが、八雲は違った。ちょっと吸っては取り替え、また吸っては取り替え。まるで煙管のリレーである。挙げ句に他人が出す煙はダメだが、自分が出す煙はOK。これはもう、完全にわがままである。こんな八雲に愛情を注いでいたのだから、やっぱりセツは母性の塊である。
一方で、八雲の子供みたいな自分勝手さは度を超しているところもある。例えば、前の家から一緒に引っ越して来た猫の扱いだ。セツが、子供たちに苛められていたのを助けて連れてきた猫を、八雲は懐にいれて可愛がったと、後年セツは語っている(小泉節子・小泉一雄『小泉八雲』恒文社 1976年)。
ひっかいてきた猫を追放
ところが、八百の語るその後の猫の扱いはとんでもない。
その後小猫がだんだん成長しましたが、先生の愛撫方は非常なものでした。それにもかかわらず、ある日その猫がどんなはずみか先生の手をひっかきまして先生は非常に不快の色を致されましたが、この小猫は嫌いだということになり中原町の某にやられました。
一度ひっかかれただけで、追放してしまう。それまでの溺愛ぶりからみると、いきなり豹変しすぎである。たいていの女性なら、夫がこんな行動をすればとても一緒には暮らせないと冷めてしまうだろう。
しかし、セツはそうではない。セツの回想では、彼女自身も八雲の一国者(頑固者の意味)な性格に悩まされていたことが吐露されている。ところが、それでもセツはこう語るのだ。
私はまだ年も若い頃ではあり、世馴れませんでしたから、この一国には毎度弱りましたが、これはヘルンのごくまじりけのないよいところであったと思います。

