NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描かれる豊臣秀長とは、どのような人物だったのか。女性関係を見ても、兄・秀吉とは全く異なる性格が浮かび上がる。歴史ライターの小林明さんが、秀長を支えた女性たちの実像に迫る――。

小一郎の思い人「直」は実在しない

NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に、若き日の小一郎(のちの秀長)の思い人「なお」が登場している。演じるのは白石聖さん。当初、永野芽郁さんがキャスティングされていたが出演を辞退したため白石さんに交代したもので、SNSでは「代役と感じさせないハマりぶり」と好評だ。

ドラマの直は、小一郎が住む中村の地の土豪・坂井喜左衛門の娘という設定だ。喜左衛門は実在した人物で、信長の叔父にあたる織田信次に仕えたのち、信長の配下に転じたのはわかっているが、中村の地との関係や、娘がいたかは確認できない。

つまり直は、ドラマオリジナルの人物なのである。

そもそも秀長の生い立ち〜青年期は史料に残っていないため、どのような女性遍歴をたどったかは一切不明だ。

『豊臣兄弟!』では今後、秀長の正室として「ちか」という女性が現れる予定であり、すでに吉岡里帆さんが扮すると発表されている。つまり、秀長と直は(理由はわからないが)結ばれない運命にあるとみて良い。

では、秀長の正室として登場する慶とは、史実ではどういう人物だったのか。慶以外に秀長を支えた女性はいたのか――。

人数は諸説あってはっきりしないが、側室が少なくとも12人ほどはいたと考えられる兄と異なり、質素で地味な女性関係がうかがえる。そうしたドラマのキーとなり得る情報を、ネタバレにならない程度に紹介したい。

写真左=名古屋まつりに参加した2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の豊臣秀長役の仲野太賀。2025年10月19日、名古屋市(撮影=川島英嗣)、写真右=『太平記拾遺 四 大和大納言秀長』(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)
写真左=名古屋まつりに参加した2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の豊臣秀長役の仲野太賀。2025年10月19日、名古屋市(撮影=川島英嗣)、写真右=『太平記拾遺 四 大和大納言秀長』(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)

「慶」の正体は家臣の娘か?

秀長の正室は、京都・誓願寺せいがんじに残る『誓願寺奉加帳』に、「大和様慈雲院殿やまとさまじうんいんでん」の名が記録されている。天正19(1591)年の秀長死去から文禄元(1592)年の間に、大和様(秀長)の後室こうしつ(身分の高い人物の未亡人)である女性が夫の霊を弔ったという記録で、その女性が秀長亡き後に髪を下ろし、慈雲院殿を名乗ったことが読み取れる。

また、秀長の葬儀を執り仕切った僧侶・古渓宗陳こけいそうちんの語録を編纂した『蒲庵稿ほあんこう』に、「芳室慈雲院紹慶大禅定尼」との尊称もある(『大徳寺禅語録集成 第4巻』法藏館)。ドラマで正室の名を「慶」としたのは、この「紹慶」にちなんでいるのだろうか。

戦国史研究家の和田裕弘によると、慈雲院殿の父は秀長の家臣だった「神戸伝左衛門秀好」と考えられるという。これは『多聞院日記』(奈良興福寺の塔頭・多聞院の僧侶たちによって書き継がれた日記)の文禄2(1593)年5月19日付に、「大納言の御内みうちの母は伝左衛門の内(妻)」と記していることによるものだ。

他にも「伝左様」と、秀長の岳父がくふ(妻の父)として「様」付きの敬称を記した文書もあり、また秀長の菩提寺である大徳寺大光院(京都市北区)の過去帳にも「慈雲院殿父」と記載されているという(『豊臣秀長「天下人の賢弟」の実像』中公新書)。

秀長と婚姻を結んだ時期については、『豊臣兄弟!』の時代考証を務める黒田基樹が永禄9(1566)年頃と推定しており(『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書)、これは秀吉と寧々が結婚した永禄4(1561)年〜同8(1565)年と大きな隔たりはない。