「うちは返済する借金がない」
この年の5月、緊急事態宣言下で、坂口捺染は繁忙期の売上が90%ダウンするという危機に直面し、8200万円の赤字が予想された。
本来は忙しいはずのゴールデンウィークの最中、坂口さんは全従業員を集めた。初の緊急事態宣言がゴールデンウィーク前に出たことで、全ての仕事がキャンセルになった状況を説明した。そして、このように伝えた。
「どうせ暇になるなら、何でもやろうぜ!」
そこで坂口さんは、コロナ禍で需要が急増していたマスクの検品・袋詰め作業に着手することを提案。従業員たちもこれに納得し、坂口捺染の工場は活気づいた。
さらに、医療用防護服の袋詰め作業にも取り組み、約6カ月間に1億2000万円の売上を叩き出した。コロナ禍に請け負った作業は約1年間続き、本業以上の売上になったという。
多くの企業が融資に消極的であったこの時期に、坂口さんは「ここで動かなくなるのは遅い」と判断。公庫から約3億円の融資を受け、雇用を維持しつつ、工場や倉庫の新設にも動く。
この積極投資が奏功した。この借り入れを3年間で完済させ、結果的には売上の回復と同時に財務体質も強くなった。坂口さんは、他社が返済に苦しむ時期に「うちは返済する借金がない」という状況を作り出した。
他と比べない、人のまねをしない
坂口捺染の「売上20倍劇」の背景――。それは国内に踏みとどまり、「最短納期」「自社一貫生産」「小ロット対応」を確立したこと。さらに学校、音楽フェスやライブなどのイベント会社、テーマパーク、お土産店など、アパレル以外の販路を常に開拓し、会社を大きく、強くしたことにあると言える。
そして、コロナ禍における迅速な行動と、その後の大胆な借入・早期返済戦略は、他社がまねできない優位性を定着させることにつながった。すべては、坂口さんの止まらない行動力の賜物なのだろう。
取材の帰り際、撮影に夢中になり、私は工場のどこかにスマホを置き忘れてしまった。幸いすぐに見つかったのだが、坂口さんは「たぶん、あの時だ!」と言って、一緒に工場内を探してくれた。その姿は社長というより、人のいいお兄さんだった。
「クセ強社長」と呼ばれる彼の外見は、もちろん彼の「派手なものが好き」という趣向もあるが、この会社にマッチしているように思った。まるで、テーマパークでエンターテイナーたちが来場者を笑顔にさせるように、坂口さんもまた、ここに集う人たちを喜ばせ、「また来たい」と思わせているのだろう。




