他社の営業マンを味方につける戦略

けれど、アパレルメーカー以外に取引先を拡大させるには人手が不足していた。そのため坂口さんは、同業者や商社、メーカーに勤務する外部の営業担当者と連携を取る戦略に出る。

まず、取引先の担当者に対し、デザインを現実の製品として実現するために必要な技術の知識を提供した。

例えば、「このTシャツを使うなら、赤が強いから白をそのまま載せるだけでは発色が悪くなる。チタン入りのインクを使ってメッシュ版の目を細くすることで表現力が増す」といった専門的な話をした。すると、担当者から「坂口さんに教えてもらったセールストークを使うと、仕事がおもしろいほど取れる」と喜ばれた。

彼らが獲得した仕事を紹介してもらい、坂口捺染がプリントTシャツを仕上げる。そんなWIN-WINの関係を築いたのである。単なる下請け社長にとどまらないこの取り組みは、自社の確かな技術力を伝えることにもつながったという。

作業をするスタッフ
筆者撮影
作業をする従業員たち

さらには坂口さんの人柄や経営哲学にひかれて、ファンのような取引先も増えていった。当時、坂口さんは外部の営業マンからひっきりなしに電話がかかってきていたため、ジャンルを分けて3つの携帯電話を使って対応していたという。

同業者や商社、メーカーに勤務する外部の営業担当者との関係もプラスに働いた。担当者が元の会社を辞めたとしても、転職先で仕事を依頼してくれる。そんな強い信頼関係があったことで、取引先はどんどん拡大していった。

国内生産でも生き残れた「3つの武器」

アパレル業界は、低コストで生産するため拠点を海外にシフトしてきた。一方、坂口捺染は国内の自社工場にこだわり続けた。その中で飛躍を遂げた最大の武器は「最短納期」「自社一貫生産」「小ロット対応」であった。

岐阜という日本の中央に位置する立地から、北海道や沖縄でも最短中一日で発送できる地理的メリットを活かし、最短納期で発送できるようにした。

「10年くらい前から低価格と大量生産で、日本のマーケティングは海外に流れてて。でも『国内で』っていう動きもあって、その理由は品質と納期。海外に行くと安いけど、ちょっと品質が落ちるし納期がズレる。『納期が、締め切りが』って言うのは日本人くらいだからね」

さらに、外注はせず、ネームタグ付け、袋詰め、分納、製版まで全てを自社で一貫生産する体制をつくる。これによって1枚からでも受注できるようになったが、その効果は、「急ぎの依頼」でフルに発揮されることになる。

例えば、ライブTシャツやファッションショーのサンプル衣装。納期まで時間がなかったり、「翌日までにプリントしてほしい」という超特急の依頼が飛び込んでくることがある。工場が国内にあり、外注せず、自社で一貫したラインを持っていなければ対応できない。他社が見送る依頼を、坂口さんは獲得できるようになった。

「通常のプリント単価は安く、1枚あたりの利益率は低いのは事実。だけれど、(ライブやファッションショーのような)イレギュラーでとれる案件があって、それが年間で結構な件数になっている。だから通常単価の3倍とかも取れちゃっている」

かつて15円ほどだった坂口捺染の加工賃は、現在50円になっている。それでも「県外の加工賃の半分くらい」だと坂口さんは明かす。それでも売上を伸ばし、従業員や地域に還元できるのは、この“3つの武器”を生かした攻めの受注であり、他社がまねできないラインを構築したことにある。