昭和天皇の第一皇女に依頼した原稿
戦後、食糧難に人々が苦しむ中で「皇室はマッカーサーの特別の庇護のもとで、ゆうゆうと暮らしておられる」という噂があった。そこで、皇室が実際にどんな暮らしをしているのか綴ってもらおうと、鎭子が昭和天皇の長女・東久邇宮成子への原稿依頼を企画、花森が賛同する。
しかし、東久邇宮成子が書いた原稿に、なんと花森は「面白くもなんともない。書き直してもらいなさい」とダメ出し。それをそのまま伝えるわけにはいかず、鎭子が自分の勘違いで原稿4、5枚とお願いしたものの、本当は10枚ほど必要だったと嘘をつき、書き足してもらったものが『暮しの手帖』第5号に「やりくりの記 東久邇宮成子」として掲載されたのだった。
1978年1月14日、花森安治は心筋梗塞で、66歳で急逝する。花森の遺志を継ぎ、編集長となった鎭子は、「生活者に寄り添う」姿勢を守り続け、広告を載せない方針も貫いた。
坂口健太郎演じる星野のような男性は?
ところで、ドラマでは花山という名パートナーとは別に、坂口健太郎演じる星野武蔵という植物学者を目指す帝大生との恋愛が描かれた。常子は星野からプロポーズされるが、仕事を優先して断る。その後、星野は戦争から戻ってきて、妻に先立たれ二人の子どもを連れて常子と再会するが、結局は転勤で再び別れるという切ない結末を迎える。しかし史実の鎭子は、仕事と家族を最優先に生き、生涯独身を貫いた。自著でも恋愛・結婚に関する記述は見当たらない。
その一方で、「人との関わり」を何より大切にする人でもあった。鎭子の人柄を象徴するエピソードがある。鎭子が大阪出張帰りの新幹線の中で、夕日に真っ赤に染まった富士山を見たときのことだ。
「とてもきれいだったのに誰も窓の外を見ていないの。もったいないでしょ。思わず私立ち上がって大きな声で、皆さん、赤富士です。めったに見られない赤富士ですよ、って言ったのよ。そしたら眠っていた人も本を読んでいた人もいっせいに窓の外を眺めていたわ。それで東京駅で新幹線を降りるとき、私にありがとうっておっしゃる方や握手をもとめて来る方もいらしたわ」(『「暮しの手帖」とわたし』内「今日も鎭子さんは出社です」横山泰子)

