※本稿は、辛酸なめ子『世界はハラスメントでできている 辛酸なめ子の「大人の処世術」』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
炎上は不安の裏返し
先日、出版社や映画会社に勤める長年の友人たちと食事していたときのこと、最近の炎上ニュースの話題になりました。
「正直どうでもいい。納得いかないのなら、公開しないで当事者同士で話せばいいと思わない?」「部外者で別に何も迷惑こうむってないのにバッシングする人とか、どうなのかと思いますね」「日本人の陰湿さが出てるよね」
たしかに当事者同士で解決すれば良いですが、ことがそんなにシンプルに収まらなくなってしまったのがネット社会。そして、日本人は世界でも有数のいじわるな国民性だという『週刊現代』の記事を読んだことがあります。
日本人は「不安遺伝子」と呼ばれる「セロトニントランスポーターSS型」を持つ人が全体の7割近くいて、世界的に見ても突出しているそうです。「S」と呼ばれる不安遺伝子が2つも重なっていて、精神を安定させるセロトニンの濃度が低くなりやすいので不安を感じやすいとか。
さらに、他人に対して言葉で攻撃的になりやすい傾向にあるそうです。和を乱す人に不安を感じ、正義中毒になってバッシングしたり罰を与えたくなる、というのも遺伝子に刷り込まれた行動なのでしょう。怒っていると活力がわいてくるような錯覚もあります。バッシングすることで、ふだんの満たされない思いやストレスを解消できる人もいるのでしょう。
江戸時代から変わらない「炎上の構図」
もはやカルマといってもいい日本人の炎上癖。遺伝子で思い起こしたのは、江戸時代の女性の日記に書かれていたある場面。水野忠邦が不祥事で失脚したら、群衆が水野家の屋敷に押しかけ、口々に罵倒し騒いだそうです。
夜になっても騒動が収まらず、数知れぬ人々が屋敷を取り囲んで、石を雨あられのように投げつけ、今までの恨みを込めて罵り、その騒ぎが江戸城にまで聞こえるほどだったそうです。役人も町人に交じって石つぶてを投げていたとか。
この記述を読み、現代の炎上と同じ構図だと鳥肌が立ちました。
それまで持ち上げられていた有名人が失脚したとたん、集まって罵り、石を投げるという恐ろしい光景。また、当時は市中引き回しの刑などもありました。私刑や見世物的な刑罰、火事の見物などで溜飲を下げて満足する日本人の悪習が、現代の炎上にも引き継がれているのです。
まさに不安遺伝子が炸裂しているようです。現代で、ネット炎上が起きたらすぐ見に行ったり、加担したくなってしまう人は、もしかしたらご先祖様が成仏していないか、前世の江戸時代の記憶が抜けていないのかもしれません。
自分とは関係ない炎上を眺めているときの人の心境は、ゲリラ豪雨の日に安全な室内から外を見ているときの気分や、渋滞情報を快適な部屋のテレビで見ているときの感覚にも近いように思います。また、有名人がバッシングされる姿を見ることで、自分の方が上のように感じられて、ルサンチマンがカタルシスに昇華されていきます。

