しっかり休みながら、成果も出す。そんな働き方はどうすれば実現できるのか。識学の安藤広大社長は「『長く働くこと』と『成果を出すこと』は違う。そのことを個人も会社も、数値化して再認識すべきだ」という──。

猛烈に働いたベンチャー時代の過ち

私は新卒で大企業に就職し、その後、ベンチャーに転職しました。最初に勤めた会社では、残業するとその分だけ給料が増える仕組みでした。結果、「集中力を高めて、できるだけ短時間で仕事を終わらせる」というモチベーションが生まれにくい環境でした。

ベンチャーに移ってからは、マネジメントのポジションに就いていましたが、自分が一番忙しく働いていました。「成果を出すためなら、いくらでも働こう」と、ろくに家に帰ることもせず、会社の倉庫で寝るような生活を送り、普通の人の何倍もの仕事をこなしていました。今思い出しても、あの仕事量を定時の時間内に終わらせるのは無理だったと思います。常に時間が足りず、「いかにして時間あたりの生産性を上げるか」を考えました。その過程を通じ、自分の能力を高めていく」ことを実感していたのです。その経験は現在の仕事にも生きています。

しかし、その働き方は長続きしません。私自身も疲労が溜まり、結局、移籍からわずか3カ月で体を壊してしまいました。マネジャーの自分が忙しく動くことで、目の前の成果こそ上がっていましたが、私が一人で仕事を抱え込むことで、部下の成長機会を奪っていたと思います。時間あたりの生産効率も、おそらく落ちていたでしょう。今振り返ると、完全に間違ったマネジメントだったと思います。

そんなとき、「識学」というロジックと出合い、私の仕事に対する考え方は180度変わりました。多くのビジネスパーソンが陥る「がんばっているのに報われない」という苦悩。その根本原因は、個人の能力ではなく、会社の「仕組み」にあったのです。

仕事は数値化、休みは自由化

日本企業の雇用契約は多くが曖昧で、「雇用主が従業員に給与を支払う対価として、どのような成果を期待しているのか」「従業員の働きぶりについて、何をもって評価するか」が明確になっていません。このため上司による部下の評価が、結果ではなくプロセスによっています。期待されている成果を出したかどうかではなく、「上司から見て部下ががんばっているかどうか」で評価されてしまうのです。そして多くの従業員は、「がんばる=長時間働くこと」と理解しています。別に雇用契約に明文化されているわけでもないのに、日本企業では知らず知らずのうちに、「長い時間働くこと」が従業員の評価項目になっているのです。

【図表】時間あたりの生産性は、OECD各国で29位!

働き方改革で問題になっている日本人の長時間労働は、企業における従業員の評価が定性的で、数字ではなく上司の感覚に引きずられることからきています。この弊害をなくすためには、評価を定量的に変えなくてはなりません。「どういう数字を出せば、どういう評価を受けるか」を明文化し、上司と部下双方が認識を共有するのです。

目標を数値化し、その達成率だけで会社への貢献度を評価され、「数字さえ出していればほかのことは評価に関係ない」ことがはっきりすれば、長時間働くことにインセンティブは働きません。そうなればみな上司や同僚の目を気にせず、しっかり休めるようになります。そのためには評価を100%数値だけによるものとし、定性的評価を残さないことが大切です。というのも上司から見ると、一生懸命がんばっている部下はかわいいものだからです。定性的評価項目が少しでも残っていると、長い時間会社に残っている部下に高い評価をつけたくなります。それでは長時間労働はなくなりません。

私が経営者を務める識学では、人事評価の「数値化」を徹底し、限られた時間の中でより多くの成果を出すことを重視しています。長時間働くことを否定はしませんし、残業手当の制度もありますが、基本的に残業時間は一定を超えることがないようにしています。世の中には残業手当が生活給のようになっている会社もありますが、本来、残業などしなくても生活できるようにするのが経営者の務めです。一方で自己管理に属する部分、「睡眠を何時間確保しろ」「有給休暇は何日以上取れ」といった指導は一切せず、生活パターンは本人に任せています。

働き方改革など日本の労働政策の多くは、有給休暇の取得日数等の「休むこと」に力点を置いていますが、「それは視点が間違っている」と私は感じます。政府、また企業経営者は、「休みの日を増やすこと」や「残業を減らすこと」にフォーカスするのではなく、「時間あたりの生産性を上げること」にフォーカスすべきなのです。

資本主義社会では、成果を出さなければ報酬が出ません。時間あたりの生産性が上がれば今より短い時間で同等の成果が出せるようになり、そうすれば給料は同じままで、今より働く時間を減らし、より長く休むことができます。逆に一人ひとりの生産性が上がらなければ、日本人の休みの時間は増えません。私はよく「責任と権限」という言葉を使います。休みを長く取る「権限」を勝ち取りたいなら、短時間で成果を出すという「責任」を果たさなくてはいけないのです。