とはいえ、マーケティングに関わる実務家や研究者は、常に物事の二面性に気をつけなければならない。本稿では、市場情報を鵜呑みにすることの危険性を説いてきた。実は同時に、理論に頼り切ることもまた事業活動を阻害する。特に理論というものには、その再現性、そして広く知られている安心感から、「これに従っておけば大丈夫」と、人を思い込ませてしまいやすい魔性が備わっている点には注意が必要である。

コモディティ化は、デフレが進む今の日本で、多くのマーケティング担当者が頭を悩ましている問題である。すなわち、日本企業の多くが、類似の製品やサービスが数多く存在する中で、価格に訴える競争から脱することができず、利益水準が低下していくという問題に直面している。このコモディティ化から抜け出すには、企業はまず自社の製品やサービスの差別化を行わなければならない(恩蔵直人著『コモディティ化市場のマーケティング論理』)。独自性のない製品やサービスでは、どれだけプロモーションや営業に力を入れても、結局は競合他社の商品と価格で比較されてしまうことになるからである。

では、この差別化の実現という課題に企業が取り組むときに、理論だけに頼っていてよいものだろうか。答えは明らかにノーである。理論は優れたものであるほど、広く知られている。つまり、競合他社も同じことを知っている。そして理論は、優れたものであるほど、普遍的な再現性を持つ。つまり、自社の独自のパフォーマンスを保証するものではなく、競合他社のパフォーマンスも保証する。


セブン-イレブンでは電子マネー「ナナコ」の購買データを分析し、売れ筋を発掘している。(写真=PANA)

たしかに、マーケティング、そして差別化の実践にあたっては、理論を知らなければ明らかに不利となる。とはいえ、これは理論とは失敗をしないためのツールだということであって、成功を保証するツールだということではないことに注意しなければならない。お気づきだろうか。理論だけでは駄目。市場情報だけでも駄目。必要なのは、両者の攻守が入れ替わる批判的対話を継続し、常に思考の閉塞性を突破していくことである。

セブン-イレブンの鈴木敏文氏しかり、サイゼリヤの正垣泰彦氏しかり、スーパーホテルの山本梁介氏しかり。元気のない日本で元気なマーケティング企業のリーダーは、理論的支柱を持ちつつ、市場情報との対話を絶やさない。マーケティング・インテリジェンスの高度化の鍵は、怠惰な思考を許さないことなのだ。

(図版作成=平良 徹 写真=PANA)
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