1979年に出揃っていた基本形
書籍のタイトルに「手帳術」という言葉が初めて用いられるのは1991年です(後述)。それ以前には、システム手帳や電子手帳の用い方に関する書籍が数冊出ているほかは、手帳の使い方に関する書籍は管見の限りでは2冊あるのみでした。1冊が1989年に刊行された斉川賢一『できる男の〈入門〉手帳活用術』、もう1冊が、調べた限りではもっとも古い手帳の使い方に関する書籍だと考えられる、1979年刊行の後藤弘編著『誰も教えてくれなかった上手な手帳の使い方』です。今回は、後藤さんの著作に注目することから、「手帳術」の事始めを紐解いてみましょう。
後藤さんは日本能率協会、つまり「能率手帳」の発行元の常務理事(当時)です。この当時「能率手帳」は発売30周年を迎え、協会は「手帳と私」「私の情報整理術」というテーマで懸賞論文を募集しました。そこに集まった480の論文を編集して刊行されたのが同書でした。同書は「手帳術」という言葉が登場するよりも随分前の著作ですが、今日の「手帳術」の構成要素が、既にある程度出揃っているという点で興味深いものです。
まず同書の「はじめに」では、「手帳が、現代人の時間管理や情報管理、さらには自己管理のツールとして」使われていることが述べられます(3p)。後の議論を先取りすると、今日の「手帳術」では、スケジュールや情報の管理そのものではなく、スケジュール等の管理を通して自分自身を管理するところに重心が置かれているのですが、既にこの1979年の著作において、手帳を自分自身の管理ツールとして位置づける考え方があることを確認できます。
また今日の「手帳術」では、手帳の使い方によって人生が大きく変わるとも述べられるのですが、同書でも「手帳を上手に使っている人は、それだけ仕事も、日常生活も、あるいは人生をも、そうでない人に比べて、はるかに充実したものにしていることを痛感しました」と書かれています(3-4p)。やはりこの時期既に、手帳という非常に日常的で些細なことがらのなかに、人生の秘密が隠されているという考えの萌芽をみることができます。