「安かろう悪かろう」という発想が抜け落ちている

自由診療なら、保険の点数に縛られることなく、よい治療を患者さんに施すことができます。「よい治療をしてもらえるなら」と、それなりのお金を払って治療を受ける人も少なくありませんでした。

ところが、バブルがはじけ、デフレの時代に突入すると、自由診療を選ぶ患者さんはめっきり減りました。保険診療に頼る限り“儲かる職業”とはいえず、いまや「歯医者の3人に1人はワーキングプアー」といわれるほどです。

ラバーダム治療が日本で普及しない理由は、結局のところ、日本の保険制度に問題があると私は考えています。日本では国民皆保険制度のもと、保険診療であれば、誰もが安い値段で治療を受けられます。社会人の多くは3割負担ですみ、高齢者となれば1割負担、2割負担の人も大勢います。

ただしこの制度には問題もあり、とくに歯の治療に限っていえば、日本では「歯の治療は安いもの」という考えが浸透しています。前項で述べたように、アメリカでは20万円前後する根管治療が、日本では数千円ですんだりします。本来なら「安かろう悪かろう」という考えがあってもいいはずですが、日本では保険制度のもと「歯の治療は安いもの」が当たり前となっていて、そこに疑問を抱く人はほとんどいません。

お金をかけて歯を破壊している

現実には、安いものには何か理由があります。そして日本の場合、一つには歯医者が赤字前提でむし歯治療を行っていることです。

とはいえ、これでは潰れてしまうので、世界基準で見れば“手抜き”ともいえる治療をすることになります。それが再発リスクが高いと知りながら、ラバーダムなしで治療することだったりするのです。

しかも保険で安く治療できることから、日本では欧米ほど歯を大事にしない人が多い気がします。治療費がさほど痛手にならないので、「痛くなってから治療すればいい」という発想になり、定期検診を含め、日頃の口腔ケアが疎かになりがちです。

前田一義『歯を磨いてもむし歯は防げない』(青春新書インテリジェンス)

本当に歯のことを考えるなら、スウェーデンが示すように予防にお金をかけたほうが合理的です。定期検診をきちんと受け、むし歯があっても、ごく初期のうちにちゃんと治す。これなら痛みも感じず、あっという間に治療が終わります。

逆に痛くなってからの治療となれば、むし歯はかなり進行しています。結果として治療は大がかりなものになり、また何度も通うことにもなるのです。

これは私から見れば、歯の「破壊」です。初期の段階で治すなら、しっかりと治療すべきです。これを適当に治療すると、再治療の無限ループに入ります。これを、むし歯のデス・スパイラルといいます。

“安くて良い治療”は存在しない

また、先ほど述べたようにラバーダムなしの治療では、患部に残った細菌が繁殖し、再発する可能性もあります。

日本の保険制度は世界から称賛されるほど、素晴らしい面もあります。お金持ちでも収入の少ない人でも等しく治療が受けられるのは、多くの国ではまず考えられません。とはいえ先に述べたような問題点も多々あります。このあたりは制度の問題で、それは政治家、さらには国民の問題でもあります。

国民が現行の“安い医療”を求める限り、質の高い治療を受けるのは難しくなります。“よい医療”を求めるなら、いまの保険制度を疑ってみる。政治にもそれを求める。そうした行動も必要ではないでしょうか。

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