悪党扱いしていたネット民

県職員による告発文書が「怪文書」扱いとなり、公益通報窓口へ送られるのではなく内部調査へ。知事の指示で副知事が率いたとされる犯人探しは、文書作成者であった元西播磨県民局長と、業務により疲弊し療養中と言及されていた元課長、2人の死へと導かれた。

「なにせ人が亡くなっていますからね」は、日本においては森友問題以来の正義の印籠だ。マスメディアにも全国区で「おねだり」「パワハラ」「人格に問題あり」とのイメージをこってりと塗りつけられ、斎藤氏が百条委員会へ出席する姿は見世物となった。

ましてエリートを存在の根元から憎むネット民には、問答無用でコテンパンの悪党扱いだ。「総務省官僚、大阪府の財政課長出身と、エリートの身分を悪用して県政を私物化し、人として不潔」「県のために何がしたいかよりも、そもそも知事というポストに執着があった人間」と出自や家庭状況に至るまであれこれと詮索され、そんな彼にたしかに味方はいなかった。

一方で、彼の置かれた状況に同情的な意見を持つ人もたしかにいた。

「おねだりだなんて、本人も心外だろうな。県知事や市町村の首長なんて、あらゆる業者から特産品を使ってください、食べてくださいといただきものばかりだよ。なるべくお断りするにしても、先方の思いを汲めばこそ受け取る場合もあるものですよ」

「中央で優秀だったのはわかる。実績に自信もあるのは理解できる。あの雰囲気だもの、本人としても清潔にやってきた自負があるんだろう。ただ、あの“ヒョーゴスラビア”なんて呼ばれる清濁ごちゃ混ぜの兵庫県だよ。仕事やコミュニケーションのスタイルという意味では、泥臭く地元とズブズブでやってきた県庁の風土と大きな摩擦が起きて、それをパワハラだと突き上げられたわけでしょう。組織の長なのに、組織に嫌われちゃったんだよ。それをどこまで“自分は間違っていない”で通せるのか、通すつもりなのか……」

だがそんな、政令指定都市・神戸市に加えてさまざまな成り立ちの市町村を擁する兵庫県という地方政治独特の事情を察する人たちも、遠巻きに眺めるのみだったのだ。

維新も自民も見放した

かつて自分を選挙で県知事へ押し上げたはずの維新も自民も、「製造物責任」の5文字とは視線を合わさずに斎藤氏を見放した。9月26日、自動失職し、涙ぐみながら出直し選挙へ挑む意志を口にした記者会見。兵庫県庁をあとにした時、「たった一人だった」斎藤氏の背中に漂うのは悲壮感以外のなんだったろう。

ところがそこに「四面楚歌からの復活」というエモいナラティブ(物語)を見つけたのは、斎藤氏をコテンパンに腐していた当のネット民だった。

写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

手のひら返しで生まれた“ダークヒーロー”

日本中から嫌われ、見放され、だが誰もが理解に苦しむほど諦めずに不屈の正義感で立ち上がる「鋼のメンタル」。どの事件や状況においても強者は誰で弱者は誰かを常に計り、往々にして“既得権益がある方”を一斉攻撃対象とするネットの大好物は、不遇な自分たちの姿を投影できる不遇のダークヒーローである。斎藤氏に向かい嬉々として石礫いしつぶてを投げつけていたネット民は、ふと目の前にいる男がまさにその不遇のダークヒーローとなりうる候補者であることに気づき、手のひらを返す。

「斎藤元彦という人は、県民のためにと自分の信じるところを不器用に一生懸命にやってきたところが、口下手なために地方メンタルの塊である県庁職員や県議会に理解されず歪んだ一斉反発を受け、製造物責任を取らない卑怯な維新や自民に見放され、いまや孤立無援だが不屈の精神で自分の信を県に問おうとしているのだ!」

地元から反発を受けたが戦い通す、という部分で石丸伸二氏にどこか似ている。だがやたらと能弁で世間をせせら笑うような余裕を演出する石丸氏とは圧倒的に違うのは、口下手(そう)で、報道陣の前に立って話をしながら懸命に涙ぐむのを抑える斎藤氏の「この人は不器用で世渡りが決してうまくなく、自民の(あるいは維新の、兵庫県のダークサイドの、ナントカ組織の、何でもいい)策略にはめられた人なのだ」という、「むしろこの人こそがかわいそうな被害者」な、新しいイメージだった。

権力にはめられたという勝手な陰謀論、理不尽と闘う被害者という認識、ネット民の共感は備わった。あと必要なのは、誰もが手軽にその手の偏った情報にアクセスできる、ネット上の露出だけだった。

N党が兵庫にやってきた

そこで準備万端に兵庫へやってきたのは、ネットを使って選挙を賑やかすことにおいてもっとも機を見るに敏で、選挙で稼ぐことをビジネスモデルとする「NHKから国民を守る党」だった。

全国でネット民を釣ってバズらせ、そのバズを地方の有権者へ流して地元を煽るのに、神戸サイズの大都市を持っている兵庫はちょうどいい。YouTubeやXで煽って、比較的若い(高齢者じゃない)有権者を投票所へ行かせる。ネット巧者にとって、いま全国の注目度が高い地方選挙は、すでに仕上がっている全国区の舞台で赤子の手をひねるようなものだ。