「このままだと子どもを殺してしまいます」

石川さんのように心身の不調があっても病院を受診しない母親は少なくない。民間の調査では、約8割の女性が産後に心身の不調を感じたものの、病院を受診したのは2割にとどまっていたという結果も出ている。石川さんも、自分が産後うつかもしれないという懸念が浮かんでも、医学的な対処が必要なのではないかと思うことはなく、受診には至らなかった。

第2子の出産後しばらくしてあった第1子の3歳児健診で、石川さんは再び自分の状況を打ち明けた。極限の状態に到達して吐き出した言葉は、ようやく行政の支援の網に引っかかった。

どんどん溜まるモヤモヤをどう発散したらいいのかわからなくて、がけっぷちに追いやられていくような感じでした。

やっと行政がまともに話を聞いてくれたのは、上の子の3歳児健診で「このままだとこの子を殺してしまいます」って言ったときでした。担当者の顔色が真っ青になって、別の部屋に案内されました。カウンセラーみたいな人が出てきて、そのとき初めてじっくり聞いてもらうことができました。この時期、子どもに手が出てしまうことがありました。それを相談したら、カウンセラーの人は「本当に虐待している人は隠そうとします」と言いました。「でも石川さんは、どうしたら良いか分からないから悩んでいるんですよね」と言われて、縛られていたものからやっと少し解き放たれたような、心がすっとしたような気がしました。

ひとりで抱えていた大きな不安を話すことができ、ようやく誰かに気持ちを受け止めてもらえたと感じることができた。一方で、面談によってすぐに具体的な解決の糸口が見つかるわけではなかった。

面談は、子どもの体にあざがないかを確認されて、「あざもないし子どもがおびえている様子もないから大丈夫」と言われて終わりました。カウンセラーの人は「ほら、子どもが心配そうに見ている。こういう反応をするのは手をかけている証拠です」とかって、何か言うと全部いいふうに持っていくんですけれど、具体的に「こうしてみませんか」っていうことはありませんでした。子どもを愛せないということも言いましたが、「それはいっときだけだから」と言われました。

子育てに悩む親のなかには、肯定されることで自信がついて救われる人もいる。しかし、このとき石川さんは、自分が口にした率直な気持ちが全てポジティブな方向に変換されることで、具体的にどう解決していったらよいのかという問いからは目を逸らされているように感じた。

自分の感情をコントロールできずに子どもに手を上げてしまう石川さんが必要としていたのは、より具体的な提案をしてもらうことだったが、切実な悩みに対して一緒に対策を探してもらえたと感じることはできなかった。

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