だが、賃下げやコストカットばかりしていては、国民の所得は増えず、消費も拡大するはずがない。こうした状況に大規模緩和策の弊害のひとつであるインフレが襲い掛かり、国民生活は一気に苦しくなった。地方も含めて最低賃金1500円まで引き上げるということは、十分な付加価値を生み出していない企業に対して、市場からの退出を迫ることと同義であり、これは事実上の構造改革的な政策といえる。

石破氏は最低賃金引き上げと同時に地方創生も打ち出しており、地方創生交付金を倍増する方針を示している。加えて下請法の改正など、大企業による中小企業いじめについても規制を強化するとしている。一連の政策を組み合わせて考えると、地方に対して手厚く支援を行うと同時に、企業努力を怠り、十分な賃金を払わない企業には改革を迫るというアメとムチを使い分ける図式が見えてくる。

厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」より

多くの労働者にとっては朗報だが…

現実問題として、十分な賃金を払えない企業は、複数社での統合などを行い、規模のメリットを追求した方が生産性が向上するので、賃金も上がる。一般的には企業規模が大きくなった方が職場環境は改善するケースが多いので、労働者にとってはむしろ朗報といってよいだろう。

経済学的に見ればこうした政策はまさに正論といえるものだが、経済界の反応は真っ二つである。

競争環境を重視する経済同友会は石破氏のスタンスを評価しており、賃上げのペースをさらに前倒しし、3年以内に最低賃金を1500円にするよう求めた。一方で日本商工会議所は最低賃金引上げについて、慎重な検討が必要としている。最低賃金の大胆な引き上げについては、経営がおもわくしない企業を中心に相当な反発が予想されるため、一連の政策を実行できるのかは現時点では未知数である。

中間層以下の底上げを図ることが石破政権の真の狙い

もうひとつ、岸田政権との違いとして注目すべきなのは、石破政権が富裕層への課税や大企業を中心とした法人増税を目論んでいることである。

日本の財政は火の車であり、無尽蔵に国債を発行できる状況にはない。

一部の論者はいまだに国債の大量発行が可能と主張しているが、仮にそれを実施すればインフレを悪化させるのはほぼ確実である(インフレ下で財政出動を行えばインフレが悪化するというメカニズムは、どの経済学の教科書にも書いてある基本事項である)。ただでさえ国民が値上げに苦しむ中、インフレを加速させれば庶民の生活をさらに圧迫することになる。