反日デモにも「毛沢東の肖像画」が登場

2008年には現体制を「修正主義統治集団」と規定した中国毛沢東主義共産党という政治グループが出現している(すぐに弾圧されたが)。さらに「烏有之郷」(ユートピア)や「毛沢東旗幟網」など、毛沢東思想に共鳴する複数のネットコミュニティも誕生した。

中国ではもともと、地方を中心に高齢者の間で毛沢東の人気が高い。ゆえに毛沢東ノスタルジーを利用する政治家も現れた。その代表的な人物が、かつて重慶市のトップだった薄熙来だ。彼は2010年代前半、「打黒唱紅ダアヘイチャンホン」というマフィア摘発と毛沢東時代の革命歌謡を歌う大衆動員キャンペーンをセットでおこない、地域住民の支持を得た。

当時の薄熙来は習近平に代わって次代の党指導部入りを狙っており(その後に失脚)、野心のために毛沢東を利用したのだった。2012年秋に尖閣諸島問題をめぐって起きた反日デモでも、北京の日本大使館を取り巻くデモ隊のなかに大量の毛沢東の肖像画が登場した。毛派の姿は、中国の社会で可視化されはじめた。

ただ、地方出身の高齢者を中心とする彼らは、実は古いタイプの毛派であり、近年は新たなタイプが登場している。それは1990年代以降に生まれた、都市部のエリート層出身の「よい子」たちだ。

中国共産党を批判する「ネオ・マオイスト」

彼らは、大学の講義で必ず触れる毛沢東やマルクス、レーニンなどの共産主義文献を真面目に学んだ結果、党の本来のイデオロギーと現実の中国社会との矛盾が許せなくなった人々である。

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本稿ではひとまず、「ネオ・マオイスト」(ネオマオ)とでも呼んでおこう。そもそも、2012年に党総書記の座に就いた習近平は、毛派(古い毛派)の一部の支持も得た指導者だった。文革世代である彼自身も毛沢東を尊敬しており、独裁や個人崇拝を含めて、毛沢東を意識した政治スタイルを採用しがちだ。

だが、習近平の毛沢東回帰には限界がある。鄧小平が定めた集団指導体制や最高指導者の任期制までは崩せても、「修正主義」の最たるものであるはずの改革開放政策は撤回できないからだ。中華人民共和国も現代世界の国家である以上、いまさら資本主義を否定して人民公社の時代に戻すことはできない。ゆえに、資本主義の弊害である格差の発生も資本家による労働者の搾取も、それらを根本的になくすことは不可能だ。

習近平は2021年に、「共同富裕ゴントンフーユイ」という概念を対症療法的に打ち出したものの、中産階層以上の国民からは反発を受けており、あまり効果をあげられていない。