「高考」は“最も公平な競争”なのか

この傾向がより顕著なのは習近平だ。

彼は(論文の代作疑惑が根強く囁ささやかれるものの)清華大学の法学博士号を持ち、自身が演説で引用した古典語句を編集した『習近平用典』を刊行して共産党員に学習させるなど、知識人としての権威付けにことさら熱心である。習近平の場合、前代までの指導者(江沢民・胡錦濤)と違って文化大革命の影響で青年期に高等教育を受けられなかった弱みがある。それゆえにいっそう、士大夫イメージを自己宣伝したがる傾向が感じられる。

ところで、現代中国の大学共通入試である高考(普通高等学校招生全国統一考試)は、そのポジティブな側面として「中国社会で最も公平な競争」という性質が指摘されることがある。たとえ党高官の子どもでも貧しい農民の子どもでも、高考の受験資格自体は公平だからだ。

情実や賄賂で試験の結果が逆転するケースは比較的少なく、点数が多い人物が問答無用で勝者になる。世間のあらゆるものがコネや権力・資金力で左右されがちな中国社会で、純粋な実力主義が貫徹される競争はむしろ珍しい。こうした高考の公平性は、往年の科挙の影響が大きいと考えられる。

もっとも、高考には各種の裏技もあり、特権層が子弟をあえて受験させず海外留学に送るケースも多い。幼少期からの詰め込み教育や、効率的な受験テクニックを教える塾や家庭教師を準備できる家庭は限られるため、結果的には富裕層や知識人の子どものほうが、試験で優位に立ちやすいのも確かである。

「高考」のテキスト。たとえば歴史の問題を見ると「ヘロドトスと司馬遷の歴史家としての共通点」を論述させるなど、なかなかハイレベルだ(画像=N509FZ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

「廃塾令」によって失職した高学歴層

現代日本でも、受験は「課金ゲー」と呼ばれ(この傾向は私立小中学校入試でより顕著だ)、東大生の親の六割は年収950万円以上の豊かな家庭だといわれる。中国の場合、この傾向はいっそう甚だしい。

そのため、習近平政権は2021年7月、教育格差の元凶である学習塾の大規模規制に乗り出す大胆な政策に打って出た。現代中国の早期教育ブームに歯止めをかけて教育費の高騰を抑え、貧困層の子女にも高等教育の機会均等を保障する狙いがあったとされている。

この塾規制政策によって、もともと約12万4000業者もあった塾は9割以上も減った。だが、「上に政策あれば下に対策あり」が中国の社会である。当局が塾を規制したところ、子ども向けのピアノ教室や絵画教室を装ったヤミ塾が多数登場し、家庭教師産業も従来以上に活発になった。

これらを利用する中産階層の教育費負担はかえって増大し、政策は裏目に出ているという。ちなみに、現政権の「廃塾令」のあおりは、意外な人たちに及んでいる。それはすでに高考を終えた高学歴の若者層だ。近年の中国では、大学を卒業したあとに自分が納得できる就職先を見つけられない問題が常態化しており、学習塾はこうしたインテリ失業者たちの腰掛け先として機能していた。

その職場が習近平の廃塾令で失われてしまったのである。ただでさえ就職難で困っているなかで、最後の扶持ぶちまで削られてしまい、中国の若者の不満は高まっているとされる。