「富も豪邸も美女も高い身分も、書物のなかにある」

科挙に合格して進士――。どころか、予備試験を突破して生員になるだけでも、四書五経をすべて暗唱し、さらに歴史や詩文の膨大な書物の内容を自分の血肉にするほどの、非人間的な猛勉強が必要になる。

16世紀、明代後期における科挙の合格者発表の現場
16世紀、明代後期における科挙の合格者発表の現場。明代の画家、仇英が描いたもの(画像= National Palace Museum/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

余談ながら、清末に太平天国の乱を起こした洪秀全こうしゅうぜんは、予備試験に落第して生員にすらなれなかった人物だ。また、科挙は制度のうえではあらゆる階層の男性に受験資格が認められていたが(売買春関係者など少数の例外はある)、一族の若者を生産活動に従事させることなく受験勉強に打ち込ませるには多大な財産が必要となり、両親や親族の負担は大きかった。

ならば、どうして当時の中国人はこの試験地獄を甘受したのか。答えは簡単で、猛勉強の末には苦労が割に合うだけの見返りがあると考えられていたためである。