胸部X線検査が続けられている複雑な事情

画像に死角があり、見逃しが頻発している胸部X線検査から、低線量CT検査に肺がん検診を切り替えた方が、早期発見が増えて、多くの命が救えるのではないか?

こんな疑問を抱くのは、当然だろう。だが、国立がん研究センターの中山氏(検診研究部長)は、慎重な姿勢をみせる。

「低線量CT検査を使えば、早期の小さな肺がんを発見できることは間違いがありません。ただし、進行しない死に至らない肺がんを見つけて、必要のない治療がされてしまう『過剰診断』の可能性があります。早期の肺がんが見つかることが、必ずしもハッピーではない、という事はあまり知られていません。

ですので、がん検診として実施するには、無作為化比較試験(略称:RCT)で『死亡率減少効果』が証明される必要があるのです。日本でも、非喫煙者を対象に低線量CT検査の導入が検討されていますが、時間がかかるでしょう」

「正しくない安心感」が早期発見を遠ざける

呼吸器内科医だった中山氏は、現在進行中の低線量CT検査による、肺がん検診の無作為化比較試験で中心メンバーの1人。だが、死亡率減少効果を立証するまでには、これから10年ほどの時間がかかるという。

一方、肺がん患者の現実に向き合ってきた、呼吸器外科医の河野氏は、早急に低線量CT検査を肺がん検診に導入すべきだと提言する。

「毎年、胸部X線検査を受けていたのに、進行した状態で肺がんが見つかるケースが後を絶たちません。今の胸部X線検査は、正しくない安心感を与えています。本気で早期発見する気なら、今すぐにでも肺がん検診は低線量CT検査に切り替えるべきでしょう。

少なくとも、喫煙歴のある人や受動喫煙の経験がある人は、自分の判断で低線量CT検査を受けないと、命を守れない。

岩澤倫彦『がん「エセ医療」の罠』(文春新書)

呼吸器の専門医であれば、進行しない肺がんは識別できます。必要のない治療が行われるという過剰診断は、杞憂ではないでしょうか」

これからも職場の胸部X線検査を受けるのか? それとも、自分の判断で低線量CT検査を選択するのか?

医療は必ず、ベネフィット(利益)とリスクが表裏一体となっている。肺がんから命を守るために、後悔のない判断をしてもらいたい。

(第2回へ続く)

関連記事
バリウムが原因で腸が破れた…胃がん検診の翌日に「緊急手術で人工肛門」となった61歳男性の怒りと後悔【2024上半期BEST5】
米国で使われなくなった「効果の疑わしい抗がん剤」の一部が日本では保険適用のままに…驚きの実態とその原因
「余命半年だったけれど、2年も生きている」腫瘍内科医が語る、医師宣告の余命宣告が当たる驚愕の確率
「女性の痛みが軽視されているから」ではない…「歯科では麻酔するのに婦人科で気軽に使えない本当の理由」
パンと白米よりやっかい…糖尿病専門医が絶対に飲まない"一見ヘルシーに見えて怖い飲み物"の名前