胸部X線検査はもともと結核を想定していた

年1回、職場で行われる健康診断は、労働安全衛生法によって事業者に実施が義務づけられている。11項目の健診が定められており、胸部X線検査もその一つだが、これは肺がん検診ではなく、結核を想定して導入されたものだ。

結核は肺の組織などを破壊、呼吸困難や臓器不全を起こして、死に至ることもある。明治時代から昭和時代にかけて大流行し、1950年には12万人超が死亡するなど、日本人の死因1位だった。

結核の感染拡大を防ぐため、健康診断に導入された胸部X線検査が、なぜ実質的な肺がん検診となっているのか。肺がんの研究者である、長尾啓一氏(千葉大学名誉教授)は、経緯を次のように証言する。

「ストレプトマイシン(抗生物質)などの特効薬が登場して、結核の死亡数は激減しました。一方で急増していたのが、肺がんです。胸部X線検査で肺がんも見つかる事が分かっていましたので、健康診断でも肺がんの発見に重点を置くようになりました」

千葉大学名誉教授の長尾啓一氏
筆者提供
読影を行う、千葉大学名誉教授の長尾啓一氏

つまり、健康診断の胸部X線検査は、結核などの病変と合わせて、肺がんの有無を確認しているに過ぎない。厳密に肺がん検診と言えるのか、曖昧にされた状態で長年にわたって続けられているのだ。そのため、国や学会が定めたガイドラインに従っていない検査も少なくない。

「異常なし」という結果でも安心できない

国立がん研究センターがん対策研究所・検診研究部の中山富雄部長はこう述べる。

「職場のがん検診には法的な根拠がなく、福利厚生の一環として実施されています。健康診断で、胸部X線検査の結果が『異常なし』という通知だとしても、肺がんの心配はない、と解釈するのは危険です。読影のダブルチェックなど、正しい手順で検査が行われていない可能性がありますし、専門性のない医師が読影をしている可能性もあります」

国立がん研究センター・検診研究部長の中山富雄氏
ZOOM取材の画像より
国立がん研究センターがん対策研究所・検診研究部長の中山富雄氏

職場の健康診断で肺がんを見逃された人が、裁判に訴えたケースは少なくないが、医療機関側に与した判決が出る傾向もある。

2年連続して健康診断で肺がんを見逃され、その後に死亡した男性医師がいた。遺族が男性医師の勤務先だった国立病院を相手に提訴したが、裁判所は訴えを退けている。