血液や唾液、尿を採取するだけで、がんを手軽に早期発見できるという「がんリスク検査」の中で、最も知名度が高く、60万人以上が利用しているのが「線虫がん検査」だ。しかしこの検査を巡って、初の全国調査を行って論文を発表した学会と、検査を提供する会社の見解が180度異なるという奇妙な状況が起きている。ジャーナリストの岩澤倫彦さんが取材した――。

線虫が「がん特有の匂い」を嗅ぎ分ける

「カンタンだから忙しい人こそ早く検査してください!」

可愛らしいアニメキャラクター「線虫くん」が検査を呼びかける広告を、一度は目にしたことがあるのではないだろうか。

車内広告で頻繁に見かける「線虫がん検査」
筆者撮影
電車内で見かける「線虫がん検査」の広告

世界初という線虫がん検査の「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」。発売当初から、俳優の東山紀之を起用したテレビCMを展開。さらに、音楽プロデューサー・つんく♂、俳優の山本耕史や仲間由紀恵など、著名人による積極的な宣伝によって、一気に知名度を高めた。

線虫がん検査は、尿に含まれる「がん特有の匂い」を、嗅覚に優れた線虫が嗅ぎ分ける性質を利用する。全身15種類のがんリスクを、A~Eの5段階で判定可能だという。

検査キットを購入して、自分で尿を採取。指定の場所に提出するか、自宅で集荷してもらうと、4~6週間後に判定結果が分かるという手軽さだ。

線虫がん検査の費用は1回検査コースで、1万6800円。がんリスク検査の中では、比較的安価な価格設定である。

どのがんが「高リスク」なのか分からない

検査を提供しているHIROTSUバイオサイエンス社によると、線虫がん検査の利用者数は60万人以上。神奈川県藤沢市などで、ふるさと納税の返礼品に選ばれ、福利厚生として導入する企業が2000社を超えたという。

「手軽にがんリスクを早期発見」と謳う「N-NOSE」
「手軽にがんリスクを早期発見」と謳う「N-NOSE」(PR TIMESより)

だが、多くの医師や専門家は、線虫がん検査の信頼性に対して疑問を呈している。

まず、線虫がん検査では、高リスクの「DまたはE」と判定されても、15種類のうちどのがんなのか、分からないのだ。(※発売後、判定基準は2度変更されている)

現実的に、15種類のがん検査を全て受けることは難しいので、全身をスキャンするPET-CT検査を選択する人が多い。その費用は10万円前後。

さらに、がんの種類を特定した次は、本当にがんなのか、確定診断の検査が必要になる。このように線虫がん検査で「高リスク」と判定されると、国が推奨する5つのがん検診と比べて、PET-CT検査などの費用が余計にかかってしまう可能性があるのだ。