「自分のキャリアの市場価値を知るのが目的なんです」

取材時点ではすでに4社に登録し、このうち2社とは頻繁に連絡を取り、定期的にアドバイザーと面談も行っているという。

「意外でしたか。念願の部長になって慌ただしいこの時期に、数年先の転職に向けて動き出しているというのは……あっ、ははは……。本格的な転職活動の前に、自分のキャリアの市場価値を知るのが目的なんです」
「自分の市場価値ですか?」

当時、数年先の転職のために転職エージェントに登録すること自体珍しいうえ、自身の市場価値を探るという考えは新鮮だった。

「僕は社内では働きぶりが高い評価を受け、順風満帆に出世の階段を上ってきましたが、それは『今の会社でのこと』と、敢えて客観的に捉える必要があると思うんです。だって、転職では、それまで勤めてきた会社とは異なる基準、条件で評価されることが多いわけで、よくある職場のしきたりや根回しなど、企業独特のカルチャーは通用しませんからね。

今の会社で部長としてさらに実績を上げながら、そんな自分が転職市場でどれぐらいの価値があるのか……言い換えれば、どこまで『ものになるのか』を認識して、転職に向けた戦略を考えなければならない。やるからには、『ハイクラス転職』を目指します」

役職定年前に退職するも転職は決まらなかった

「転職への戦略として、今考えていることは何ですか?」
「部長まで務めた会社で培ってきた経験を生かしつつも、どの会社でも通用し、重宝される能力を棚卸しして、足りない点は今からでも経験を積んでスキルを磨き、補っていくということでしょうか」

そう話すと、口角を上げた。自信の表情に見えた。数年先の転職計画であるにもかかわらず、山里さんはすでにこの時点で、今の会社でしか通用しない「ファーム・スペシフィック・スキル」の限界を認識し、異なる業種、職種を含めてどの企業でも有用な「ポータブルスキル」に注力していたことは、50代半ばでの転職を成功に導いた大きな要因のひとつと言えるだろう。

それから6年後の2021年、山里さんはこれも宣言した通り、役職定年を迎える前年の54歳で退職する。ただ、目標通りにいかなかった点がある。それは退職時点で、転職先が決まっていなかったことである。退職直後のインタビューでも、30年余り勤務した会社で思う存分やりきった満足感とともに、転職に意欲的に臨む姿勢を示したが、それと同時に、予想外の50代の転職の難しさにやや戸惑っている様子もうかがえた。

「退職前に転職先が決まらなかったのは、部長の仕事が忙しかったというのは言い訳になりませんし、自分の能力と努力が不足しているとしか言いようがありませんね。ただ、これからはすべての時間を使って、本腰を入れて転職活動ができるわけで……全力で頑張りますから、奥田さん、どうか見ていてください!」

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