「毒父だけ」「毒母だけ」はあり得ない

現在奈々さんは、アルバイトをしながら、母親と2人で暮らしている。

「母屋と離れとはいえ、父と同じ敷地内に暮らすことに限界を感じた私は、元の家に住まわせてほしいと母に懇願しました。すると、ラストチャンスとして、月4万円を入れること。母親の持ち物やお金を盗らないこと。家を壊さないこと。というルールを守る約束で戻ることができました。23歳の時に父を殺害しようと考えたのは、父の近くで暮らしていたことによるストレスが大きな原因だったのではないかと思います」

奈々さんは、25歳の時に精神科医の勧めで障害年金2級を取得。父親との絶縁を切望し、自分で調べて、すでに父親と戸籍を分ける「分籍届」は提出済みだ。

「私の知る限り、法的に親と子が絶縁する方法は、現時点では日本にはなかったと思います。私自身、スマホの使用料や家の電気代など、今も経済的に父に支えてもらっている部分があるため、経済的自立ができない限り、私が父から離れることは難しいのではないかと思っています。仮に居場所を知らせずに逃げることができたとしても、少なくとも捜索願は出されると予想し、父のことは暴れるたびに警察に相談しているので、警察から私の居場所がバレることは無いようにお願いしてあります。住民票の閲覧制限をかけることも予定しています。父はどんな手を使ってくるか分からないので、逃げる前にできることは全てやりたいと思い、少しずつ準備をしているところです」

筆者は奈々さんへの取材を終えて、大川家の問題は、父親だけではないと考えている。

奈々さんが保健室登校になった時、奈々さんが中卒になってしまうことを母親がひどく心配していたというが、本当に娘のことを思う母親が、精神的に不安定になっている娘を、半ば強引に全寮制の高校に入れるだろか。その行為は娘に寄り添った行為というよりも、世間体を気にした自分の気持ちを優先したものではなかったか。

奈々さんが母親のものを勝手に売ったり、家の壁を壊したりして精神病院に入院した時、母親は大学院に入り、かねてからやりたかった音楽の研究に没頭していたというが、精神病院を退院した時、いくら自分のものを盗られたり、家を壊されたりしたとしても、娘が精神病院を退院した時、娘が精神的に不安定になった一因を担い、娘が最も嫌っている父親のそばに住まわせるという選択を母親がとるだろうか……。

わが子を愛している母親ならば、娘がものを盗ったり家を壊したりしたのが病気のせいならばなおさら、元凶とも言える父親のそばには行かせない。むしろ、父親に娘との接触を禁止しても良いくらいだろうし、夫婦仲も険悪なのだから、離婚してもおかしくないはずだ。

母親は、父親と娘を追い出した後、自分は大学院に入ったり、通信教材で保育士の資格を取るなど、一人気ままにやりたいことを満喫している。極め付けは、大学院で研究し、まとめ上げた音楽に関する論文を、自費出版しているということだ。

そこまで自己顕示欲が強いエピソードを聞いてしまうと、母親は「父親の経済力を利用するために離婚しない」のではないかと思えてならない。そして実の娘よりも、自分の夢や目標を優先する、自己中心的な人物像が浮かび上がってくる。

筆者はこれまで100事例近くの毒親育ちの人に会ってきたが、両親のうち、どちらか一方だけ毒親だということはあり得ないと考えている。

奈々さんは、

「取材をきっかけに過去を振り返り、母も母でヤバい人なのは少しずつ分かってきましたが、『父でさえ被害者かも?』と言われたのは初めてです。目からウロコというか、その発想はありませんでした」

と面食らっていた。

もちろん、両親のどちらが悪いかを決める必要はない。だが確実に言えることは、「なるべく早く両親から距離を置いたほうがいい」ということだ。

父親を殺しても、母親を殺しても、おそらく殺す前と何ら変わらずに、心は囚われ続けてしまうだろう。

囚われ続けてしまう心を正常な状態に戻すには、まずは両親から物理的に距離を置くこと。会わない、話さない、接しないようにしないと、新しい毒を受け続けてしまうからだ。関わらない時間を設けることで、知らずに受けていた洗脳が解けていく。

毒親育ちの人の多くは、過去の出来事の多くを、「自分のせい」だと認識している。だが洗脳が解けていくに従い、自らの過去を振り返った時、自分をフラットに評価できるようになるはずだ。

一度きりの人生、毒親に囚われている時間がもったいない。なるべく早く両親から離れ、自分の人生を取り戻してほしい。

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