中卒後、家にひきこもった女性は17歳の時に一念発起し郵便局でアルバイトを始めた。叔父には無心され、精神病院に入院している母親からはパシリにされるなど苦難は続いたが、その後、理解あるパートナーに恵まれ精神的にも経済的にも自立できた。ところが、ある時、弁護士事務所から連絡があり、女性は心が激しく乱れ、ある“決心”をするに至った――。

前編はこちら

困っている女性のシルエット
写真=iStock.com/Alexey_M
※写真はイメージです

群がるハイエナ

小・中学校時代、他の生徒からのいじめを受け、担任教師に不信感を抱いたこともあった蓼科里美さん(仮名・40代・独身)。いっしょに祖母宅に同居する自動車修理工の叔父は仕事で大怪我を負い、会社を辞め無収入に。度重なる近隣とのトラブルで母親も精神病院への措置入院となった。

ずっと心の安定を得られなかった蓼科さんは不登校のまま中学を卒業し、その後も家に引きこもり続けた。ただ、それでも時々遊びに来てくれる友人はおり、孤独ではなかった。

しかし、祖母の年金だけの3人暮らしは、苦しくなっていく一方。やがて17歳になった蓼科さんは、郵便局の短期バイトを始めることを決意。そこから少しずつ社会に慣れていく。

働き始めた蓼科さんを見て、祖母(70代)は心から安心したようだ。母親の代わりに蓼科さんを育てなければならないという責任から解き放たれたことで、気が抜けたのだろうか。「ラジオで自分の悪口を言っている」「お金がない」「物がなくなった」と騒ぐなど、この頃から祖母は認知症のような症状が見られ始める。

郵便局の短期バイトからスーパーでのアルバイトに変わった蓼科さんは、コツコツお金を貯め始めた。自分で自由になるお金を手にするようになり、行動範囲も視野も広がっていく。それでもまだ祖母の顔色を窺う癖は抜けず、祖母が信じる宗教の活動は続けていた。

20歳になった蓼科さんは、一人暮らしを開始。今度は製造系の会社でパートを始めた。一人暮らしを始めてからというもの、通う意味を見いだせなくなっていた蓼科さんは、祖母が信じる宗教の集会に行かなくなっていった。そのせいか、祖母から住所を聞き出した宗教団体が、頻繁に勧誘に来るようになった。

さらに、30代で怪我をしてから会社を辞め、引きこもりになっていた叔父が、時々やってきてはお金をせびるように。

「私だって低賃金でやりくりして生活しているのに、『姪にたかるなよ!』と情けなく思いましたが、私が貸せば祖母が楽になると思い、祖母への感謝のつもりでしぶしぶ貸していました」