「ちょっと物が多い」というレベルではない

玄関のドアを開けると、床面が見えないほど物があふれていた。床だけでなく左右の壁も見えないほど物が積み上がっている。

「ちょっと物が多いのですが……」

依頼人の男性・Aさんは言い、「どうぞ、上がってください」とうながす。たしかに中央にはかろうじて人が通れるほどの隙間がある。しかし「ちょっと物が多い」というレベルではない。立派なゴミ屋敷である。

この日一緒に訪ねた生前遺品整理会社「あんしんネット」の社員・平出勝哉さんと玄関前で顔を見合わせた。その顔が、「笹井さんの予想通り、ゴミ屋敷でしたね」と言っているような気がする。ここに車で向かう途中に二人で「ゴミ屋敷か、そうでないか」と議論していたのだ。私は事前にそう聞いていたわけではないが、依頼主と電話で話した時に、「これはゴミ屋敷ではないか」という直感があった。予想どおりだったわけだが、もちろんうれしいわけがない。ため息が出てしまう。

平出さんが「これ使ってください」と、私の足元にスリッパを差し出してくれた。床面に広がる物の中にハサミや工具が紛れているのが見え、「汚い」よりも「危ない」と感じ、スリッパに足を通す。物の合間をぬって玄関から続く廊下を少し進むと、正面に洗面所、左手にリビング、その奥に和室があった。すさまじい物の量だ。物が多すぎてうまく歩けない。どこかに手をつこうとすると、山積みの物の雪崩が起きそうになる。私はよろよろしながら前に進んだ。

「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのか

Aさんが私を振り返った。そして、

「母は80代でしたが、ここに一人で住んでいて、転ばずに歩いていたんですよ」

と、胸を張って言う。

「いやそこは自慢できるところではないだろう」と内心思いつつも、「すごいですね」という言葉が口をついて出た。Aさんがほほ笑む。外見は、まったく普通の会社員だ。「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのだろうか。彼の心情がわからなかった。

片付けの依頼を受けたのは、4日前だった。知り合いの医師から電話があったのだ。

「Aさんという患者さんがいるのだけど、最近お母さんが亡くなってね、家の中を片付けてくれる業者を探しているんだけど……」という。『潜入・ゴミ屋敷』(中公新書ラクレ)を取材執筆した経験がある私なら、いい業者を知っているのではないかと思い、連絡をくれたそうだ。