「生協の保冷剤だ。返さないといけない」

しばらくして、今度はAさんが私に尋ねる。

「これ、何ですかね?」

私は「保冷剤ですね」と言って、ダンボールを彼の目の前に差し出した。すると彼は首を横に振り、「生協のだ。返さないといけない」と、その保冷剤を再び物の中に置いた。(いや返されても困るでしょう。それにここに置いたら迷子になるに決まってる)という言葉が喉元まででかかったが、彼は依頼人なのだと自分に言い聞かせ、無言でいた。

ふと横を見ると、物が積み上がった隙間にトイレットペーパーが落ちていたので、私はダンボールを片手に、腰をかがめてそれを拾う。ひとつ、ふたつ、みっつ……使いかけのようでどれも残りわずかだ。中の芯もよれている。

「このペーパー類、いりませんよね?」

たずねつつ処分用のダンボールに入れていたのだが、Aさんは「いえ」と言って私の手からトイレットペーパーを取り上げた。

「このあたりを拭きますから」

私は聞こえないようにため息をついた。整理業の仕事は「時間」よりも「処分する物の量」で料金が決まる。ここまで1時間、Aさんと一緒に仕分けをしてダンボールひとつも処分できないのだ。

「いえ、僕が食べますから」と即答する

台所は荒れていた。冷蔵庫の中も、高齢女性のひとり暮らしとは思えないほど物が詰まっている。コンロにある鍋のふたはなぜかアルミホイルに包まれていて、ふたを開けてみると黒い豆がたくさん浮いていた(写真)。

鍋の中の黒い豆
筆者撮影
鍋の中の黒い豆

「これはいりませんよね?」

鍋の中を見せると、今度はAさんも素直にうなずいてくれる。

作業を進めると、足元から未開封の「魚沼産こしひかり」と「サイダー」が数本、出てきた。平出さんが「これは処分でいいでしょうか」と問いかける。

平出さん
筆者撮影
平出さん

「いえ、僕が食べますから」とAさんが即答する。「サイダーは帰りに飲みます」と言う。

確かに未開封だから、消費期限を確認すれば飲食できるかもしれない。けれども私なら、不衛生な部屋にあった食品を食べる気にならない。

「あの……」

ずっと気になっていたことがあったので質問した。