男性宅に伺ってみると、新妻はいなかった

室内は新婚家庭そのものでした。真新しい家具や家電が並び、婚約者の感性が眩しいと感じられるほどでした。しかし、その場に婚約者の女性はいません。少し重たい内容の話なので、席を外しているだけかもしれないと思い、私は気にせず話を始めました。

男性は滞納しているにもかかわらず、悪びれる様子はありません。「仕事がうまくいかないから、払えないだけ」と開き直った印象です。「ごめんなさい」もなければ「がんばって払います」の言葉もありません。

私は仕方なく、訴訟の流れを伝えました。退去までの段取りに役立ててもらおうと、今後のスケジュールを明確に示しました。その上で「間違いなく明け渡しの判決が言い渡されるので、(強制退去させられる前に)できるだけ早く任意で退去したほうが夫妻のためだと思います」と伝えました。

すると、それまで黙っていた父親が声を荒げたのです。

「まだ籍も入れる前に出て行ったからアイツには関係ない!」

一瞬でその場の空気は、凍りつきました。

アイツとは、男性の婚約者のことでした。婚約を破棄され、女性は家を出ていったようです。私はうすうす感じていたため驚きはありませんでしたが、男性ではなく父親が怒り出したことにびっくりしました。

婚約者からすれば家賃も払えず、悪びれもしない男性と、入籍する前に別れられて良かったはずです。しかし、父親にとっては「息子を見捨てた悪い存在」なのでしょう。男性は終始不機嫌な顔つきで、私と目を合わせようともしません。両親は男性に気遣ってか、オロオロするばかりでした。

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婚約破棄になった原因

「出ていきゃいいんだろ。払う金ないから、出ていくしかないわな」

男性はそう吐き捨てると、部屋から出て行ってしまいました。

残された両親と私。父親は連帯保証人でもあるので、訴訟となれば被告のひとりになります。父親の意向を把握するために私は話を進めました。

男性が居なくなって、父親は話しやすくなったのかもしれません。声を荒げたことを詫び、思いを語り始めました。

婚約破棄となったのは、男性の経済力が原因でした。就いた仕事はすべて長続きせず、やっと塗装業で独立したと思ったら、うまくいかず精神的に追い詰められ、婚約者に当たってしまったというのです。

「本来息子は優しい人柄で、仕事さえうまくいけば問題はない」
「彼女には、もっと息子を支えて欲しかった」
「自分が援助をしたいが、年金暮らしでそれほど余裕がある訳ではない」
「彼女が出た後、息子はショックで部屋に籠ってゲームしているだけ。親として不憫でならない。自分は、可愛い息子を全力で応援するつもりだ」

父親は、懸命に息子を庇っているように感じました。

息子をかばう親、悪びれない息子

でも息子は38歳の立派な大人。親の援助云々ではありません。もっと安い物件に引っ越すか、思い切って実家に戻る選択肢だってあります。もし自営が難しいなら働きに出ればいい。まずはこの先の人生を立て直すことが先決です。

このままだと「どうせ親が払うのだから」と、男性は自発的に動こうとしないでしょう。完全に引きこもってしまう恐れすらあります。

「実家に戻ってきてもらうのは困ります……」

消えそうな声が母親から漏れました。