思い出す手がかりが少ないほど記憶は定着

勉強で覚えた内容を自分から、能動的に思い出すことを、専門的には「アクティブリコール」と呼びます。情報は脳にインプットするだけでなく、インプットした情報を脳からアウトプットすることで、記憶に定着しやすくなることがわかっています。情報を思い出す(使う)ことにより「この情報は重要」と脳に認識させるイメージです。

僕がアクティブリコールの効果を特に実感したのは医学部時代です。医学部2年生のとき、春休みの直後に解剖学の試験がありました。解剖学は覚える項目が非常に多く、学年の半分近くが落とされてしまう試験でした。本来ならば休みをしっかり使って勉強するべきなのですが、僕はどうしてもインドでバックパック旅行をしたかった。解剖学の教科書は分厚く旅行に携帯できないので、重要なページだけコピーして携帯し、旅先で隙間時間に、白紙に書き出すというアクティブリコールを行いました。結果はどうなったか。インド旅行直後に受けた試験は、余裕を持って合格することができました。

アクティブリコールは、記憶を思い出す手がかりが少ない状態のほうが学習効果が高いことを示唆する報告があります。空欄問題や多肢選択形式問題を解くよりも、手がかりなしに記憶から情報を引き出すほうが、負荷が高く、記憶への定着が促される可能性があります。「白紙に向かって思い出す」勉強法を勧めるのは、脳に負荷をかけるためなのです。

アクティブリコールの効果は多数の実験で明らかになっています。例えば、心理学者のローディガーとカーピックが2006年に発表した研究があります。120人の大学生に14分間文章を何度も読み返す勉強と、7分間文章を読んで、次の7分間に文章の内容を思い出せるだけ書き出すアクティブリコールの勉強をしてもらった実験。被験者に2日後と1週間後に文章を思い出してもらったところ、アクティブリコールの勉強をした学生のほうが明らかに文章を覚えていたという結果になったのです。

アクティブリコールは知識の暗記だけでなく推論など、知識の応用にも効果があることがわかっています。また、方法もたくさんあります。本を開けないような満員電車の中で、昨日読んだり聞いたりした情報をただ思い出すことも、立派な勉強だと考えています。

「人に教えるようにブツブツ呟く」が最強

効果抜群のアクティブリコールですが、僕はさらに学習効果を高める方法と組み合わせます。勉強した内容を白紙に書き出すときに、「誰かに教えるように」「ブツブツ呟きながら」書き出すのです。

時代劇ではよく、子どもが『論語』などの素読をするシーンが出てきますが、文章を黙読するよりも、声に出して読んだり、書いたりするほうが記憶しやすいことが、昔から知られています。専門的には「プロダクション効果」と呼ばれています。

自分が覚えたことを誰かに教えたり、教えようとしたりすることも「プロテジェ効果」と呼ばれ、脳内の情報整理につながり、記憶の定着を促すことが、研究で確かめられています。興味深いことに、実際に誰かに教えなくても、「誰かに教えること」を前提に勉強すれば、学習効果がアップするという研究報告もあります。例えば、読んだ本の内容を会社の同僚や家族に話すことで、本の内容を深く理解できたり、忘れにくくなったりする効果が期待できます。学校から帰ってきた子どもに、「今日はどんな勉強をしたの?」と質問してアクティブリコールさせることは、子どもにとって効果的な復習方法だと言えるでしょう。

アクティブリコール、プロダクション効果、そしてプロテジェ効果。3つを組み合わせると、「白紙に向かって、誰かに教えるように、声を出しながら書き出す」のが効果的な勉強法になるわけです。僕も医学部時代から現在に至るまで活用しています。