長男か、それとも次男か

「通信のゼミをどうしてもやりたいと言い出して。それは1年契約をしたら、iPadがもらえるんです。どうしてもやりたいっていう、そういう時の熱意ってすごいんです。次男の、そのしつこさって。最後までやると念書まで書かせたんですが、結局1カ月もちませんでした。こっちが怒っても、よりかたくなになって」

今も思えば、申し訳なさに涙があふれるのが、中学の入学式に参列できなかったことだ。

「たまたま、兄の私立高校の入学式と重なって。兄は一人で電車に乗ったことがなく、一人で交通機関に乗せるのは危ないので一緒に行くしかなかったんです。結局、小学校から知りあいの同級生のお母さんに、次男の入学式をお願いしました」

尚美さんの目から、大粒の涙がこぼれる。

「シングルマザーといっても、親やきょうだいなどが近くにいる場合が多いですよね、でも、私には親戚も誰もいない。親族にしかできないようなことがある時に、それが今なのに、誰もいないって。悔しいやら悲しいやら、この子たちにとって大人は私一人だけなんだって、深く落ち込みました」

「長男か、それとも次男か」を選ぶとは、どれほど断腸の思いだっただろう。次男に不憫な思いを強いるなんて、絶対にさせたくなかったのに……。

午前中、有休を取って長男の式に参列した尚美さんは、午後は仕事をし、いつもの時間に帰宅した。次男のために、“午後休”を取るのも叶わなかった。尚美さんの目の前に、教科書の入ったリュックサックを放り出し、寝転がっている次男がいた。

「どうしたの?」と問うと、次男はこれまで見たことがないような暗い面持ちで、こう答えた。「しゃべれる子がいない……」。

「何でそんなに、いつも落ち込んでいるの?」

1学期は何とか通いきったが、2学期になってほどなく、担任から電話があった。

「彼、言葉を発することが無く、心配しています。授業で当てられたときは話しますが、自分から言葉を発することがなく、聞くと、『中学で、話すことが無くなった』と」

ショックだった。そこからまもなく、「お腹が痛い」と学校への行き渋りが始まった。

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せめて、せめて……と尚美さんは希う。

「次男を『行ってらっしゃい』って、学校へ送り出してあげたかった。でも、それは勤務時間の関係で叶わなかった。たとえば18時まで働くから、始業を遅らせてもらえる、とか融通が利く会社だったら……」

世は、自己責任の社会。こんな声が聞こえてくる。「勝手に離婚しておきながら、甘えるな」。あるいは、「次男のために、会社を辞めればいいではないか」。

「勤めを辞めればいいと言われるけれど、息子たちはこれからお金がかかる時期だし、食べ盛り。正社員雇用じゃないと、無理。私が新卒時に入社したのは一部上場企業だったので、結婚で辞めていなければ今、こんな状態ではなかった。人生を失ってしまったんだ、と悔やみました」

周りを見れば、シングルマザーで、正社員で働き、子ども2人と明るく暮らしている友人もいる。彼女からはよく、こう言われた。

「何でそんなに、いつも落ち込んでいるの?」

尚美さんは声の限りに、こう叫ばずにはいられない。

「シングルマザーといっても、私、発達障害の子どもがいるシングルだから! 普通の、シングルではない。そこをわかってほしい。手をかけずに育つ子と、その子に合うレールを探して、そっちへ行けるようにどう導いてあげるのか。そのためには先生とのやりとりも密にしないといけないし、1カ月に1回は主治医の助言が必要で、そのための時間のやりくりも普通の子とは全然違う。どうして、そこが伝わらないのか」