「金がない」環境は、行動や視野を狭めてしまう
「孤独だと健康を害する」という理屈も、元をただせば、お金がないことによって満足な食事や栄養がとれなかったり、お金がないことにより、外出する機会も意欲も失われたり、お金がないことでそもそも医者に行くこともできなかったり、という因果があっての話ではないでしょうか。
もちろん「金さえあれば人は孤独に苦しまない」なんて乱暴なことは言いません。逆に「裕福な人間は孤独にならない」という話でもない。
しかし、「貧すれば鈍する」といわれるように、「金がない」という環境は、人間のあらゆる行動を委縮させる。何もしたいと思わなくなる。失敗したくないと思う。面倒くさいと思う。自分の姿形すらどうだっていい。そんなもの気にしていられないと思う。自分のことすら気にしない人間は他人のことを気にしたり、心配したりする余裕もなくなる。そうした状態に陥ってしまうと思考の視野が狭くなる。精神的にも閉じてくる、病んでくる。
もし、そうした状態を「孤独に苦しむ」ということだとするならば、それを解決するのは個々人のコミュニケーション力や性格など属人的な問題ではなく、せめて毎日を心配しなくていいお金という経済環境の話だったりするのではないでしょうか。
実質賃金を上げなければ孤独死は減らない
その上で、現在の経済環境は、決してよいとは言えません。政府は賃上げを実現したなどと鼻息が荒いですが、問題は額面給料ではなく、消費者物価指数と照らせばマイナスでもある実質賃金のほうで、さらに、社会保険料などの値上がりによって、実質可処分所得も減り続けていることです。それに一番打撃を被っているのは中間層の人達です。
今後、独身人口や単身世帯が増えることは不可避な現実です。孤独・孤立対策を検討するのであれば、タバコやアルコールや肥満より健康をむしばんでいるのは「金がない」ことであり、上がり続けている国民負担率のほうではないかという視点も必要です。人口ボリューム層である中間層の経済環境の改善がなければ、結果としての孤独死・孤立死による死亡が、ますます増えていくのではないでしょうか。