燃え尽き症候群になりやすいのは「情熱的な人」

〈症状編〉

燃え尽きは単純な疲労問題ではありません。いくらたくさん遊んでも、そのせいでお金も名誉も体力も失ってしまっても、それを燃え尽きとは呼びません。すべてを「最後まで使い切った」という条件は同じでも、なぜ仕事は燃え尽きにつながり、遊びはただの再充電になるのでしょうか? 一生懸命生きていれば疲れることだってあります。驚くことじゃありません。でも、燃え尽きは一時的な疲労感ではすまないのです。

『ただ少し大丈夫になりたいとき』(그냥 좀 괜찮아지고 싶을 때、未邦訳)を書いた精神健康医学科の専門医イ・ドゥヒョン先生に会ったときに、燃え尽き症候群についてもうかがいました。使い切り症候群、気絶症候群ともいわれる燃え尽き症候群は「情熱的な人がなりやすい」という言葉が印象的でした。

仕事が多い少ないの問題で説明する場合もありますが、仕事の量は問題の一部にすぎません。燃え尽きるときは無意識に成果の出ないやり方を選んでいて、(仕事を先延ばし)成果への評価も先延ばしになります。

いわゆる、成り上がりタイプの成功者たちを見ると、みなかなりの仕事量をかかえていて、「すぐに疲れる」私ですら罪悪感を感じるほどです。

「あんなに成功した人でも毎朝5時に起きてるの?」
「毎日読書してる?」
「じゃあ、私はあとどれだけやらないといけないんだろ?」

そういう人たちを身近で目の当たりにしていると、すべてが事実ではないにせよ、実態は知られている内容よりも、もっとすごい場合もあります。

「あの人は私よりワーカーホリックなのに、どうして不能状態にならないんだろう?」
「もしかしたら私が弱すぎる?」

ところが、こういう考えが燃え尽きを呼ぶ要因の一つなのだとわかりました。

仕事がまったくできなくなって初めて深刻さを自覚する

燃え尽きはいつどうやって始まるのか正確にはわかりにくいもの。だから、途中で進行を止めるのも難しいのです。「仕事がまったくできない」段階に至ってはじめて問題の深刻さを自覚するからです。

多くの人はささいな先延ばしを繰り返すと罪悪感を感じます。そして怠け心を「克服」すべきだと考えます。燃え尽きにかかるほど仕事をしているならば、もう新入社員ではなくなってずいぶん経っているはずです。そうならば、人はもっと自分を追い詰めます。弱くなった心に活を入れなければと。これが間違った結論です。

次の話に進む前に強調したいのは、「診療は医師に、薬は薬剤師に」ということ。もし先延ばしにしたせいで恥をかくほどの状況におかれているのに、仕事が手につかず、仕事のことを考えるとかなり憂うつになって(仕事をしていないときは憂うつじゃない!)耐えられないくらいなら、精神科の専門医にカウンセリングを受けてみるのもいいでしょう。ここはその後に読んでいただいてもかまいません。