「痛いから動かさない」でますます悪化する

治療は、口を大きく開けるトレーニング「運動療法」がメインだ。「ある朝突然、あご周辺が痛くなったとしたら、1週間程度は無理しないほうがいいでしょう。急性炎症が起きていますから、鎮痛剤(抗炎症薬)を服用してもかまいません。しかし、その後はリハビリを。クッションがずれてしまう顎関節円板障害の場合も、適切な指導でいったんずれを戻し、正常な状態を維持する訓練があります」(依田氏)

佐藤氏も「動かさないままでいると、痛みが悪化する」と補足する。「『痛いからあごを動かさない』という患者さんに対して、『最初は痛いけれど、動かすと徐々に痛みはなくなりますよ』と運動療法を勧めます。動かすことによって血流循環がよくなり、関節や筋肉の内部にたまる痛み物質や老廃物を排除できるのです」(佐藤氏)

加えて同院では、患者が質問票に答える形でリスク因子をチェックし、日常でその習癖を修正する指導も行うという。中でも佐藤氏が「よくない習慣」として挙げるのが、上下の歯と歯の接触。普段あまり意識しないが、背筋を伸ばして唇を閉じたとき、「上下の歯が離れているのが正常な状態」だ。

「本来上下の歯が接触するのは、食事や話すときだけ。食べるときもずっと上下の歯をくっつけているのではなく、リズミカルにタッチしている状態(咀嚼)ですね。古い研究ですが、食事時間を含め上下の歯が接触している時間は、一日で約18分程度と報告されています」(同)

ところがストレスを受けたときや、集中しているときに歯をぎゅっと噛み締めてしまう癖を持つ人がいる。「その習慣で顎関節症を発症してしまう可能性が高くなります。噛み締めまでいかなくても、歯と歯が接触しているだけで、本人の耐久力を超えれば痛みが出てしまうのです。ただ、リスクとなる癖を持っていても骨格的に丈夫なら痛みが出ません。顎関節症に女性が多いのは、女性は華奢であごが小さい傾向にあるため、ダメージを受けやすいのかもしれません」(同)

以前ネイリストの女性が、客の爪に色を塗る際、集中してつい奥歯を噛み締めてしまい、仕事が終わる頃にはあごが痛くてたまらないと話していたことを思い出した。こういった日中の癖には、貼り紙をするといいそう。「集中して作業をする場所の近くに『リラックス』などと書いた貼り紙をし、それをきっかけに意識して上下の歯を離す。これを何回も繰り返すと、だんだんそれが身につき、歯をくっつける動作に向かうとパッと離せるようになります。習慣逆転法という癖の治療法の一つで、自身をコントロールする力が身につけられるのです」(同)

一方で就寝中の歯ぎしりなどで症状が起きてしまうなら、夜間のみマウスピースを装着することも。

かつては顎関節症の治療として「噛み合わせの悪さ」が指摘されていたという。だがこれは「間違い」と両氏が強調する。「発症に歯並びや噛み合わせが直接関与することはありません。いまだに歯を削るような顎関節症の治療を行っている医院もあるので、警鐘を鳴らしています」(依田氏)

発症は20代が最多であるものの、どの年代でも起こりうるという。現在痛くない人が予防のためにできることはあるのだろうか。「心配になると胃がキリキリと痛むように、咀嚼筋はストレスの影響を受けやすいので、まずは過度なストレスをためないこと。そして、普段から指3本程度の口を開ける習慣はあったほうがいいでしょう。患者さんには、楽しいことがあったら大きな口を開けて笑ってください。人が見ていなければ大きなあくびをしてみましょうと言っています」(同)

特に長時間のデスクワークでは、顔まわりの動きや姿勢が固定されがちだ。適度な休憩で気分転換を。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月19日号)の一部を再編集したものです。

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