そのまま血を吐いて動かなくなった

中元兵長はそれを見て、ペッと手につばをふっかけた。さあ、いくぞという合図だ。それから片足をうしろに引きながら腰をひねると、ろくろく狙いもつけず、無雑作に棍棒を真横に振りはなったのである。そしてその瞬間だった。

江南は、はずみではねあがると、その場でぐーっと弓なりに体をのばした。まるでのびでもするように、両手を万歳の格好にあげながら、彼はいっときそこにそうして立っていた。が、それもほんの僅かだった。不意に前のほうに二、三歩たたらをふんで、くるりと体を一回転させたと思うと、そのままへたへたと崩れるように甲板に倒れてしまった。

これはあとでわかったのだが、このとき酔っていた中元兵長の手もとがくるって、尻にあてるつもりの棍棒が、まともに背中をうちすえたのだった。けれども、当の中元兵長にはそれがまだわからなかった。こんなことはよくあることだ。彼もはずみでぶっ倒れたぐらいに思ったらしく、うしろにまわりこむと、いきなり江南の横っ腹を蹴とばしにかかった。

「立て、この野郎、立てったら……。」
「待て!」

そのとき横でこれを見ていた平屋兵長が、いきなり中元兵長をつきのけて叫んだ。

「血だ。おい、血を吐いているぞ。」

泡だった血がかたまって口もとからあふれた

血ときいて、みんなは一瞬息をのんで、あわてて列をくずして江南のまわりに駆けよった。

見ると、江南はのばした両腕のあいだに、小さな頭をつっこむようにして、うつぶせになっていた。その下から吐きだした血が縞になってジタジタと甲板に流れでている。口の中にもまだだいぶ含んでいるらしい。肩口がかすかにけいれんするたびに、泡だった血がかたまって口もとからあふれた。それは月の光に浮いて墨汁のように真っ黒にみえた。

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けれどもそれっきり、伸びきった体は動かなかった。みんなでいくらゆすったり、名を呼んでみたりしても、ぐんなりしてなんの手ごたえもなかった。ただ倒れるまぎわまで空をつかんでいた指先だけが、血につかったまま、かすかにふるえているだけだった。

江南はすぐさま担架で医務室へ運ばれた。けれども、そうするまでもなかった。医務室へかつぎこんだときには、すでに息をひきとってしまっていたのである。

むろん医務室では、できるだけの手当をこころみた。軍医はすぐにカンフルを打ち、それが駄目だとわかると、こんどは体をさかさにして、のどにつかえている血を吐かせ、胸に温湿布をあてて、長いこと人工呼吸もやってみた。が、もはやなんの効果もなかったのである。