2年ぶりに、馴染みの景色に帰ってきた
長いつづら折りの坂をのぼりきると、急に平坦な台地が開ける。ここからはいよいよおれの村だ。歩きながらおれはあたりを見廻す。もう附近の山や木立や家や、道ばたの電柱一本でも、おれの知らないものはない。なにもかも馴染みの景色だ。
道のわきを今日も大川が流れている。水は生いしげったふちの草を洗いながら、いきおいよく下の滝つぼに落ちこんでいる。滝つぼには、かじかやはやにまじって、やまめもいるはずだ。おれもよく友だちとここへ来ては釣竿を下げ、夏になるとみんなでわいわい水あびをしたもんだ。
取入口のある一本杉の下には、粉屋の水車が廻っている。陽のあるうちだったら、水車のまわりには虹がきれいにはるところだ。粉屋の向い側は豆腐屋だ。通りがかりに中をのぞいてみると、おれたちが前から“入道”とあだ名で呼んでいた目玉の大きいのっぽの親父が、今日もおからだらけの汚い前掛をして、たわしで釡を洗っている。
その入口には、とっくりを下げた瀬戸の大きなたぬきが、ひょうきんな顔で往来を眺めている。学校のいきかえり、おれたちはよく面白がって、こいつにいたずらをして、そのたんびに何回あの入道におこられたことだろう。
果たして家は無事だろうか
あたりはもう真っ暗だ。たまにすれちがう人の顔もよくわからない。でも、いくら暗くたって、もうまわりの様子は自分の体のようにくわしい。蛙の声がいちだんと賑やかになった。
上り坂になった。坂の上に八幡様の森が見える。あの森をかわればうちだ。坂の途中のポンプ小屋の横に、大きなダルマ石が立っている。これも二年前と同じだ……。
だが、うちはあるだろうか。ひょっとして、火事にでもなったんじゃないか。なかったらどうしよう……。急に胸がドキドキしてきた。おれは坂をのぼりながら、わざとうちの方角を見ないようにして、そっぽを向いて歩いた。それから森のはずれまできて「えいっ」と掛声をかけるように、うちのほうへ顔をむけた。
あッ、あった、あった。向うの田圃のはずれの暗がりの中に、かや葺きの屋根の輪郭が、ぼんやりと黒く浮いて見える。おれは思わず足を速めた。口の中はカラカラだ。
やがて細い田圃道をつっきって、川っぷちの檜の生垣にかこまれたうちの前に出た。二年ぶりにかぐこうばしい檜の葉の匂い、ああ、とうとう帰ってきた。……おれはなんだかぼーっとなって、庭先の牛小屋の横に立ちどまったまま、何度も何度もこみあげてくる生つばをのみこんだ。