息がつまって、しばらくは腰がたたない
おれたちは海軍にはいってたいていのことには馴れてしまったが、ただ甲板整列だけは別だった。これだけはどうしても馴れることはできなかった。
下士官、兵長たちに言わせると、“太鼓は叩けばたたくほどよく鳴る。兵隊は殴ればなぐるほど強くなる”というが、殴られるおれたちにしてみれば、この整列ほど、兵隊であることのみじめさを感ずることはない。
牛だって棒をふりあげられれば首をふって逃げようとする。ところがおれたちは、ちゃんと殴られることがわかっていながら、そこを一センチも動くことができない。それどころか、わざわざ「お願いします」と頭を下げて、進んで自分の尻を棍棒の前にもっていかなくちゃならないのだ。
考えてみると、おれも入団してもう丸二年になるが、殴られずにすんだ日は、ほんとに数えるぐらいしかない。明けても暮れても棍棒の恐怖におびえてきたといっていい。
おれははじめて棍棒というものを尻にかまされた新兵当時の恐怖を、いまも忘れることができない。そのころ、まだやわなおれの体は、いつもその最初の一撃で、木っ葉のように吹っ飛ぶのだった。そしてそのまま甲板にぶっ倒れたなり、息がつまって、しばらくは腰がたたないのだ。
このまま海にとびこんで死んでしまいたい
すると、きまってうしろから、「こらッ、起て、たばけるな。」と、「気つけぐすり」の海水をぶっかけられる。おれは首っ玉をつかまれて引きおこされ、そこでさらに悲愴な声をしぼりださなくちゃならない。
「一つ、軍人は忠節を尽すを本分とすべし。」「元気がない、もう一度。」「一つ軍人は……、」「声が小さい、貴様、殴られるのがそんなにおっそろしいか、おっそろしいか。こんなものがおっそろしくて、よくものこのこ志願なんかしてきやがったな、それ、もう一度。」「一つ、軍人は……、」
すると、おれの声はいよいよふるえをおびてくるのだ。「一つ、軍人は……、」「わかったか、よし、その通りッ。」と、力まかせの棍棒の一撃。
おお、おれは、もはや自分を支える力をうしなって、このままひと思いに海にとびこんで死んでしまいたいとさえ思う。前方にひろがる暗い海への誘惑と、うしろにかまえられた太い樫の棍棒。おれはこの両方に呑まれて、心の中では夢中で母の名を呼びつづけた。そして、ああ、そのあい間にも、その一撃ごとに、おれのなかから必ず何かを奪いとっていく棍棒は、当然のように、容赦なく尻に打ちこまれてくるのだ。