とうとう棍棒で新兵が死んでしまった
そしてそれがやっとすんだとき、肛門からはじたじたと生ぬるい血がたれてくる。腰から下はしびれて全く感じがない。足もひきつれて思うように歩けない。まるで尻をさかいに、体を二つに引き裂かれてしまったかのようだ。けれども、うわべだけは泰然としていなくちゃならない。ちょっとでも、尻なんかおさえてふらふらしようものなら、その場でまたたっぷりおまけをつけられるからである。
おれたちは陰で歌った。
艦底一枚下地獄
艦底一枚上地獄
どちらもみじめな生地獄
こんなとことはつゆ知らず
志願したのが運のつき
ビンタ、バッタの雨が降る
天皇陛下に見せたいな
新兵の江南が死んだ。
死んだのは、ゆうべの巡検後だ。それも病気なんかじゃない。甲板整列で殴り殺されたんだ。やったのは、役割の中元兵長だ。
おそろしく月の冴えた晩だった。おれたちは、背中にふりそそぐ月の光をあびて、いつものように露天甲板に並んで殴られる順番を待っていた。
兵長たちの文句ときたら、あいかわらず、ベトベトする牛のよだれのようにくどくて長い。やっと一人がひっこんで、もうこれでおしまいかと思うと、すぐまた次のやつが出てきて、同じ文句を並べるのだ。
「江南一水、お願いします」と前に出て…
おれたちは、もういい加減うんざりしていた。どうせ、このあとは棍棒にきまっているんだ。そんなら文句ぬきで、ひと思いに殴ってもらいたい。全く殴られる瞬間をまっているのは、焼けた鉛のかたまりを心臓に押しつけられているようで、たまらなくいやな気持だ。もう何本かまされてもいい。とにかくおれたちは、一刻も早くこの場をのがれたかった。
やがて中元兵長は列前に出てくると、先頭にいる新兵から、一人一人名前を名乗らせて棍棒をかませていったが、だいぶ酒保の酒が入っていたらしい。ふりまわす棍棒も、いつになく乱暴ではげしかった。
江南はちょうどその五番目だった。前の市毛が、よろよろと顔をしかめながら戻ってきたのと入れちがいに、江南は、
「江南一水、お願いします。」
という声といっしょに、飛びこむように前に出ていった。自分にいまどんな運命がおそいかかってくるのかも知らずに……。
彼はいつもするように、両足を開いて手を上にあげ、奥歯をかんで目をとじて、おそるおそる尻をうしろにつきだしたのである。