「凍結含浸法」「形状保持軟化食品」の広がり

現在「凍結含浸法」を使用した「形状保持軟化食品」は、日本全国で販売されている。

特許契約を締結し、製造技術を会得した企業のひとつ、メディカルフードサービス(神奈川県横浜市)の松島達人社長はこう話す。

写真提供=メディカルフードサービス

「当社が『やわらか食』を取り入れたのは2012年です。私の父方の祖母が最後は口から食べることができなくなり、胃に穴を開けて、そこにミキサー食状の食べ物を流し込んでいました。それを見た私の父が、『人間の最後の楽しみであると言っても過言ではない食事が全く楽しめていない。安全に食べることができて、かつ見た目も美味しそうな食事を自身で作りたい』と思ったそうです。それをどのように実現するかを考えていたところ、『凍結含浸法』を知ったということです」

特許契約を締結後、技術研修などを受けたが、すぐに100点満点の商品ができたわけではなかった。

「広島県は大量生産をするためのレシピはお持ちではないので、1年くらいで販売には漕ぎ着けましたが、お客様から高評価を得られるようになったのはここ3〜4年前くらいからです。例えば柔らかいと言っても感じ方は人それぞれで、食材も自然物なので個体差があります。そのため何度も仮説と検証を繰り返し、修正を加えながら、レシピを改良していきました」

写真提供=メディカルフードサービス

同社のやわらか食は、歯がない人、咀嚼ができない人、そして酵素の作用で消化が良いため、胃を切除した人などが利用しているという。

「内凍結含浸商品の売れ行きは、5年前は全体の23.5%の1億3000万円でしたが、現在は38%の3億8000万円と右肩上がりです。社会的な背景で言えば、後期高齢者の数が絶対的に増えているため、介護する側が手間をかけられなくなっているということ。調理済み食品のニーズが増えている表れだと思います」

写真提供=メディカルフードサービス

食は人間の幸せを担う

主に介護の現場の安全安心かつ美味しい食品の礎を作った食品工業技術センターは今、「凍結含浸法」を活かしたベビーフード、長期保存可能なやわらか食缶詰や、レトルト食品の開発に加え、一般食品の開発も進めている。介護食以外の分野でも持ち前の技術を生かそうとしているのだ。

「食材を適度に酵素分解して乾燥すると、短時間で湯戻しできる乾燥具材ができることを発見しました。例えば、乾燥ステーキ肉を湯戻しして美味しいステーキにできます。現状、乾燥具材の食材は3~5分で湯戻しできるものに限られ、一般的に薄く小さい食材ですが、凍結含浸法で酵素処理し乾燥させた具材を利用すれば、厚みのある食材も可能になります。そうなると、短時間で具材感のあるカップ麺も実現できます」

実は、“即席厚切りチャーシュー麺”も実験室での試作ではできており、「今後企業に技術移転できれば、2~3年ほどで見た目と美味しさを両立した本格志向のインスタント麺が誕生する可能性がある」と、柴田は胸を張る。

日清食品の「カップヌードル」に入っている、通称“謎肉”。あれは豚肉と大豆由来の原料に野菜などを混ぜてミンチ状にし、フリーズドライ加工したものだ(HPより)。こちらは美味しいが、近い将来、より本格的なチャーシュー入りのラーメンが、自宅やオフィスなどで熱湯を注いで数分で食べられる時代がやってくるかもしれないのだ。

しかも、凍結含浸法を使えば、多く食材の栄養面の効果が見込まれている。

「『凍結含浸法』で使用する『酵素』は、ただ単に食材を軟らかくするだけではなく、お米やジャガイモに含まれる『でんぷん』を分解して、吸収しやすいグルコースに変換します。また、お肉やお魚の『たんぱく質』を分解して、吸収しやすくうまみ向上につながるペプチドやアミノ酸を増やします。見た目はいつものご飯やポテト、ステーキ、焼き魚ですが、より美味しくより消化吸収しやすくできるのです」(柴田)

今回、前出・メディカルフードサービスの「やわらか食」を試食させてもらったが、いかにも介護食や病人食という感じはなく、見た目も良く味も美味しかった。

「いくつになっても、どんな人でも、これまでの食体験を損なうことなく、見た目、味、香りを美味しく味わえて満足できる、そのような世界が広がればと願っています。超高齢社会の日本でそれが可能になれば、日本は食の先進国として、世界の食のQOL向上に一役も二役も貢献できると期待しています」(柴田)

食は人間の幸せを担っている。加齢や病気の影響で、歯や胃がない、咀嚼ができない状態になっても今と変わらず美味しく食事ができるのなら、「歳を重ねるのも悪くない」と思う人も増えるのではないだろうか。(文中一部敬称略)

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