新法が機能するかどうかは自治体次第

筆者は2023年7月、三重県と津市の複数の関係部署に取材した際、孤立出産後の女性について一切のケアが行われていなかったことを知った。出産の恐怖に1人で立ち向かった母親の身体の傷とトラウマについて、関連する行政部署の行政官が母親の治療の必要性を発想しなかったことに衝撃を受けた。

行政官は法律に基づいて行動するといわれるが、児童福祉法に「特定妊婦」が定義されて15年が過ぎた。本件の母親は特定妊婦の支援からも見落とされた人だ。

困難女性支援法に話を戻そう。新法はこのケースのような女性の支援に根拠法として機能するのだろうか。売春防止法について長年研究し、新法の立法化に向けた活動にも携わった、法学者の戒能民江氏は課題を次のように指摘した。

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法学者の戒能民江氏。2024年3月、困難女性支援法の運用について示した『困難を抱える女性を支えるQ&A 女性支援法をどう活かすか』(解放出版社、堀千鶴子氏との共著)を出版

「この法律は1956年に施行された売春防止法に前史があります。国策として売春が認められた敗戦直後から現在まで、女性が社会の中で弱い立場に追いやられるという構造的な差別の問題は変わらず続いています。しかも状況は、親子間の問題、経済的貧困、性被害など、複合的でより見えにくくなっています。

この法律ができたことで若年女性の予期せぬ妊娠や孤立出産の問題にも目を向けていかなくてはならないということになりました。その意味ではこの法律が施行されたのは喜ばしいこと。ただし、予算配分をはじめ運用の裁量は各自治体に委ねられています。自治体がこの法律をどう生かせるかが課題です」

1人で産み、死なせたのは母親だけの「罪」なのか

「ベイビーボックスに子を託す前になぜ中絶しなかったのか」と問う女性警察官。

「その言葉をこの子に向かってあなたは言うことができるのか」と食ってかかる若い母親。

映画『ベイビー・ブローカー』(是枝裕和監督)のあるシーンだ。

翻ってこの事件の母親に対しても、「育てられないのならなぜ中絶しなかったのか」とバースコントロールの責任を責める人たちがいる。だが、母親は、1人で産んだ女児を守ろうと赤ちゃんポストまで運んだ。

その極端な選択には何らかの神経発達の特性の影響は考えられるのではないかとも思えるが、それでも勇敢な人だった。その彼女が自分で育てたいと翻意し、その1600日後に三女を死に至らしめたのは、果たして彼女だけの責任だろうか。

彼女の勇敢さを称え、心身の傷の治療を勧め、彼女の置かれた状況の理解に努め、ともに悩み、支える存在が欠如したことこそが、三女を死に至らしめた根本の原因ではなかったか。