個人経営のパン屋は3分の1しか残っていない

杉山は思い出して言った。

「父が十勝産小麦を使うことにしたのは地元の農家のためでした。うちのいちばんのお客さんは地元の農家なんです。農家のみなさんはうちのパンを大量に買って、作業の合間にひとりで3個も4個もあんパン、クリームパンを食べてくれます。そんな農家にご恩返しとして地元の小麦、乳製品、野菜だけを使ったパンを作ることにしたのです」

撮影=プレジデントオンライン編集部
「麦音」の壁面には、小麦粉の袋が飾ってある。「地元十勝の小麦でパンを焼く」というこだわりが見てとれる。

「私自身は十勝産の小麦、野菜のブランドを広めるために2016年から東京目黒区に店を出しました。ですが、コロナ禍の2021年に撤退せざるを得ませんでした。東京で働いてくれる従業員の都合がつかなかったのです。しかし、東京に店を出したことで、大きなメリットがありました。取材がいくつもありました。テレビにも出ました。そのため『十勝産小麦100%使用のパン』という言葉が全国区となったのです」

店内では、次々と新しいパンが焼き上がっていた。

杉山は言う。

「日本のパン消費のうち、3分の2はスーパーとコンビニなんです。個人がやっているパン屋さんは3分の1しかありません。しかも、町から消えつつあります。国産小麦を増やそうとしている私たちにとって、これは大きなことなんです」

それでも「いいニュースもあります」

彼の言う通りで、全国にある商店街のパンの個人店舗は減りつつある。

そしてスーパー、コンビニが販売しているパンを作る工場は輸入小麦を使用している。それは輸入小麦のほうが国産よりも2割は安いからだ。大量生産しようとすれば輸入小麦を使うしかない。

そこでパン用の国産小麦を増産するには商店街のパン販売店が必要になってくる。

杉山は「いいニュースもあります」と言った。

「当社に勤めていた人間が『十勝とやま農場』の敷地内に店を出しました。畑のなかのパン屋です。もちろん十勝産小麦を使っている店で、『ベーカリー・シュマン』と言います。もし、帯広に来る機会があればそこのパンも食べてみてください。うちで修行した人間が店を開くことを私は応援しています。そうすれば十勝産小麦を使う店が増えるからです」