敵と戦うよりも、味方を受け入れるほうが難しい
これは『共産党宣言』においても同様に指摘できる傾向です。『共産党宣言』では、現状の社会に対する分析と既存の社会主義への批判があったのち、ある種、唐突に「万国の労働者よ、団結せよ」という宣言で閉じられており、団結してどんな社会を作るべきなのか? は具体的には示されていません。
マルクス自身は、『ドイツ・イデオロギー』の中で「共産主義とは未来にある何かではなく、現状を止揚する現実の運動だ」と言っていますが、この言葉にも先ほどのイエスの言葉と同様の印象を受けます。
しかし、逆にいえば、だからこそこれらのテキストは大きな運動を作ることができたのだ、と考えるべきなのかもしれません。最終的にやってくる世界がどのような世界なのか、そのビジョンの細部が明確になればなるほど、個々人が自分で考える理想的な社会のイメージとの違いもまた明確に意識化されることになります。この「細部の違い」は集団の求心力を弱め、社会運動の推進力を大きく減損させる原因にもなり得ます。
アリストテレス以来、多くの思想家や心理学者が鋭く指摘した通り、私たちは「敵との大きな差異には我慢ができるものの、味方との小さな差異には我慢がならない」からです。これは運動のモーメンタムについて考えたとき、憂慮しなければならないポイントです。
なぜアップルのCMは「世界最高のCM」と言われたか
私たちは「強い肯定」よりも「強い否定」にこそ惹きつけられているのかもしれません。
確かに、これまで大きなインパクトを伴って世に登場してきたブランドや企業の多くは、「何かを強く肯定する」よりも、むしろ「何かを強く否定する」ことによって、そのブランドや企業のアイデンティティを鮮烈に社会に示してきた、という印象があります。
この論点について検討するために、広告関係者の多くが「史上最高のCM」と激賞して止まないアップルの初代マッキントッシュのCMを取り上げて考察してみましょう。
アップルが最初に制作した伝説のCM「1984」では、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』にインスパイアされたと思しき全体主義的なセレモニーを、乱入したハンマー投げの女性アスリートが破壊するというシーンが描かれたのち、最後に次のようなテロップが流れます。
On January 24th, Apple Computer will introduce Macintosh.
And you’ll see why 1984 won’t be like “1984”.
1月24日、アップルコンピューターはマッキントッシュを新発売します。
そしてあなたは、なぜ1984年が、あの“1984”のようにならないか、わかるでしょう。