人間はとんでもない愚かな行為をする生き物

たとえば、中学生や高校生に身近な例を挙げるなら、あなたたちが当たり前だと思っている学校も、受験も、昔からあったわけではない、ということです。

昔は上流階級を除けば、読み書きができる人は少なく、江戸時代に寺子屋が普及して以後も、教わるのはせいぜい読み、書き、そろばん。明治に学制が定められてからも、当初は小学校の就学率は40%程度にすぎず、「国民皆学」をめざしたところで、上級学校に進学できる子供は、ごく一部の富裕層などにかぎられました。

いま、こうしてだれもが一定以上の学びを得られるのは、しかも、歴史をふくめ、こんなに多岐にわたって学べるのは、どう考えても幸せなことだと思います。でも、歴史を知らなければ、いまが学びに関して幸せであることに気づけません。歴史を知っているから、過去の人たちにくらべて、いまを生きる自分たちが幸せだと知ることができるのです。

また、過去のとんでもない話を、現代に生きる私たちは「昔のことだから」と笑っていられるでしょうか。わずか80年ほど前、日本の陸海軍は本土決戦を決意し、「一億玉砕」だの「一億総特攻」だのと本気で唱えました。そのことから、人間とは追い詰められると、そんなことを本気で実行しかねない生き物なのだとわかります。

織田信長は伊勢長島や越前の一向一揆、伊賀の国一揆などを鎮圧する際、万単位の人を虐殺しましたが、そのことも、人間とは許されれば、そういう残虐な行為をする生き物だということを物語っています。豊臣秀吉が大坂城内に数百人の妾を囲っていた、というのも、人間の本性を物語る逸話だと思います。

写真=時事通信フォト/National Archives/Yad Vashem
1945年4月16日、第二次世界大戦終結時、連合軍によって解放された強制収容所のユダヤ人たち(ドイツ・ブッッヒェンバルト)[米公文書館提供]

「鎖国が日本をダメにした」と考えるワケ

いまの日本社会のまずさについても、歴史に照らすとよく見えます。

私は常日ごろから、日本では過去が検証されず、そのせいで発展が阻まれていると強く感じています。たとえば、あれほど大騒ぎをし、3年にわたり日本の社会や経済を沈滞させたうえに、財政状況を著しく悪化させ、いまに大きな禍根を残しているコロナ禍の対策や政策について、まったく検証されていません。これは恐ろしいことです。

パンデミックは、いつ私たちをふたたび襲うかわかりません。そのとき、また右往左往して大混乱を繰り返すのでしょうか。

私は、日本人が検証を避ける原因の一つを、200年以上続いた鎖国に求めます。詳細に書く余裕はありませんが、大雑把にいうとこういうことです。

私が「鎖国が日本をダメにした」というと、「鎖国しなければ日本は西洋に侵略されていた」と、よく反論されます。たしかに、16世紀後半から17世紀前半に来日した宣教師らのなかには、日本の侵略を促す発言をした人もいました。しかし、一方で、イエズス会の巡察師ヴァリニャーノのように、日本の侵略など絶対に無理だと主張していた人も数多くいました。

当時、日本の人口は1200万人程度。それなのに、秀吉や徳川家康が20万人を超える大軍勢を簡単に率いることができました。つまり、世界に冠たる軍事大国だったわけで、それをはるか遠方から攻めにきても、侵略できたとは思えません。しかし、幕府は貿易の独占というねらいもあって、鎖国を強引に推し進めました。そして、気づいたときは、欧米にはとても追いつけない後進国になっていました。