「汚染水呼ばわり」の背後にある「やさしい物語」

たとえば、東電原発事故では「安心」「寄り添い」「念のため」を大義名分としたゼロリスク志向的な基準や、避難こそが間違いない「やさしさ」であり「正しさ」であるかのように喧伝された。

その一方で、それらによる現実的なリスクは過小評価され、復興への負荷やコスト、震災関連死を増やす一因となった。

現場の努力を踏み躙ったALPS処理水への差別的な「汚染水」呼ばわりにも、当事者を生贄いけにえに一定の人々を満足させる「やさしい」物語と公正さに欠ける恣意的な「配慮」が背景にあった。

ワクチンへの恐怖や不安の煽動、甘い言葉で患者をニセ医療行為に誘導する詐術、一部の「社会正義運動」がもたらした暴力や冤罪でっち上げを用いた「魔女狩り」などもまた、(少なくとも末端では)悪意どころか極めて強い善意と「やさしい」物語によってもたらされている。

ストーリーテラーが世界を支配する

ワシントン&ジェファーソン大学英語学科特別研究員のジョナサン・ゴットシャルは著書『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』(月谷真紀・訳 東洋経済新報社・2022年)の中で、「物語」を《他人の心に影響を与える唯一にして最強の方法》と規定したうえで、《ストーリーテラーが世界を支配する》とまで断じている。

確かに、今や「やさしさ」で脚色した「正しい」物語を戦略的に駆使すれば、政治闘争を有利にしたり、「内部から問題解決の足を引っ張り妨害する」「気付かれないように外堀を埋める」ことで、何らかの政策、あるいは社会や国家、組織を無益に停滞させるための最適解にも成り得る。

そのため、強い党派性や目的を持った人物や勢力が、「情報工作活動」として確信的に用いるケースさえある。

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「情報工作活動」として確信的に用いるケースさえある(※写真はイメージです)