職場のほうが居心地がいい人達

【江夏】ホックシールドというアメリカの社会学者がいます。彼女が『タイムバインド 不機嫌な家庭、居心地がよい職場』(筑摩書房)という本を書きました。

彼女の問題意識は、「ファミリーフレンドリー制度(編注:社員の働きやすさに配慮する)が充実している企業に勤務していても利用しない人がいるのはなぜか」というもので、ある企業の従業員に聞き取り調査を行ったところ、「職場の方が居心地がいいから、家に帰りたくない」という社員が男女問わず相当数いることがわかりました。

事例企業は組織への愛着を高めるためにファミフレ制度の他に様々な風土醸成を行っていたのですが、パートナーと共働きで、家に帰っても合理的に家計を営まないといけないような人は、職場に癒しを求め、あえて過労に身を投じることもあったというのです。この話を踏まえると、海老原さんの結論にケチをつけるつもりはありませんが、そして自分的にもやや前言撤回ですが、「階段を降りる」選択肢を取る人は限られてくるのかもしれません。

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【海老原】確かに一理ありそうです。ただ企業は、そんなぶら下がり社員に社内福利厚生を与えるほど余裕がなくなっているんじゃないか、と。

日米企業が社員の福利厚生を重視する理由

【江夏】昔の日本企業は残業し放題で、仕事も山ほどあり、仕事帰りに皆で飲みに行くなど、職場の仲間意識は非常に強いものがありました。アメリカのIT企業に代表されるように、クレドやミッション、パーパスを充実させ、社員の誕生日パーティーを開くなど、仲間意識の醸成に力を入れている企業は、昔の日本企業のよいところを再現しようと躍起になっているようです。

【海老原】ヨーロッパの若者に「社内でパーティはしないの」と聞くと、その答えがふるっているんです。「うちはアメリカ企業じゃないから、そんなのはしません」と。アメリカ企業って日本と全く異なるように思いがちですが、ヨーロッパよりはよほど日本寄りですね。欧州的な考え方だと、従業員とは産別労働組合からやってくる「労働供給契約を結ぶ人」でしかありません。日米ともに、横断組合が弱いから、社内で労働者を囲う。それで、ファミリーフレンドリーなんかに力を入れるのでしょう。そこは本当に似てます。