熊の脳みその味わい
――とくに印象的な食べ物はなんですか?
町では絶対に食べられないという意味では、熊の脳みそですね。ナヤ汁をつくるときに頭骨も大鍋に入れて味噌で煮るんですよ。煮上がった頭骨を取り出したあとに下顎の骨を外して、割り箸でほじくって食べる。味は、フォアグラと白子、あん肝を足して3で割った感じで、クリーミーな食感がクセになります。
面白いのは、これだけ豊かな食材が裏の山からとれるのに……いえ、とれるからなのでしょうが、村の男たちのなかではカップラーメンの地位が高いんです。それは、お金を払って買わなければ手に入らないからです。
山熊田で暮らしていると本当にお金を使う機会がない。1台だけある自販機は冬には雪に埋もれるから使えない。隣の集落の商店の移動販売車は週に1回。大きなお店がある新潟県の村上市、山形県の鶴岡市に出るのも1時間以上かかりますから。
いまだに物々交換が行われている
――お金がなくても食生活が成り立つわけですね。
本当にそうなんです。
だって、いまだに物々交換していますからね。たとえば、山菜や熊肉、「ヤマドリ」を20キロほど離れた沿岸部の集落に持っていくと岩牡蠣やワカメ、アオサノリ、鮭などをお礼にとくれる。
山熊田で暮らしはじめてもうすぐ10年になりますが、ようやく物々交換のバランスが分かるようになりました。その年の豊漁不漁にもよりますが、塩引鮭1本に対して、熊肉500グラムくらい。
一度、山熊田に日本海で釣れたクロマグロが1本まるごときたことがありました。とても悩んだんですよ。30キロのクロマグロに対して、何キロの熊肉なら等価交換になるんだろう、って。
物々交換以外にも食にまつわる独特の文化があります。それが、平等な分配です。
この村では、昔から熊を食べてきました。でも、食べ方のバリエーションは1つだけ。熊汁だけなんです。
山熊田では、昔から狩りの手柄に関係なく、狩りに参加した人に平等に肉を分配します。調査で参加した学生も、熊を仕留めたマタギも同じ量の肉を分けられる。分配後、お汁たっぷりの大鍋にして、女、子ども、おじいさん、おばあさんと村の隅々まで熊汁を配る。それができるのは汁だからなんですよ。仮に焼き肉にしたら、村全体に行き渡らなくなりますから。
山の恵を独り占めしては集落が存続できません。分配は小さな集落を守る知恵であり、伝統なんです。