他の田舎との決定的な違い

――大滝さんは、現代美術家やキュレーターとして、山形市や長崎県波佐見町や富山県氷見市でも暮らしたそうですが、ほかの地方とは違った特色があったんですか?

ぜんぜん違いましたね。一言で言えば、田舎の度合いが突き抜けている。山熊田に暮らすようになり、その理由を言葉にできるようになりました。

私が暮らしたほかの町との決定的な違いが、自然との距離の近さ。山熊田の人たちは、口にこそしませんが、自分たちも自然の一部に過ぎないという意識がある。自然のなかに間借りさせてもらって、生きている感覚を持っていると言えばいいか。

言い換えれば、自然環境の厳しさを身をもって知っている。それは、自分たちが弱い存在という前提に立つことでもあるんです。それは都市生活では絶対に分からない感覚です。

みんな山菜取りや田畑をつくっているから、気候次第で収穫が左右されると肌で知っている。山仕事で命を落としたり、腕や指を落とす大ケガをしたりすることもある。冬には3メートルを越す雪が積もる。

山熊田と自然との近さを端的にあらわれるのが、食事です。自然が厳しい。それは、自然の豊かさの裏返しでもある。季節ごとにとれる食材は本当にバリエーションに富んでいます。

まず春は、熊と山菜。山の雪が溶ける4月上旬、村のマタギたちは、巻狩りという伝統狩猟で冬眠明けの熊を獲ります。熊が獲れたときだけ執り行われる儀式が、熊祭り。熊祭ではナヤ汁という特別な料理が振る舞われます。

大鍋で熊の骨をグツグツと煮る
画像提供=大滝ジュンコさん
大鍋で熊の骨をグツグツと煮る

マタギだけが知っている「本当の熊汁」

――どんな料理なのでしょう。

私の夫は「本当の熊汁」と呼んでいます。ふだん食べる熊肉でつくる汁とは違って、ナヤ汁は毛皮と熊の胆以外すべてが食材になります。

まず解体した熊の骨を大鍋で煮たあとに、肉のほか肺や肝臓などの内臓を入れて、自家製味噌で煮込む。熊肉は硬いから柔らかくなるまで半日くらいかかります。煮込んだら、仕上げにフキンドアザミ(サワアザミ)という山菜を加える。

熊祭りで出される「ナヤ汁」
画像提供=大滝ジュンコさん
熊祭りで出される「ナヤ汁」

ナヤ汁は、しょっぱいとか甘いという次元をこえた味です。内臓独特のえぐ味が強すぎて、どうしても食べられないという人も少なくありません。

でも、村の年寄りたちはみんな大好きです。ナヤ汁を食べると長い冬が終わり、春が来たと感じられるからかも知れません。

春にはワラビ、ゼンマイ、コシアブラ、フキ、タラノメ……20種類以上の山菜が採れます。夏の食卓に上るのが、村の真ん中を流れる山熊田川で獲ったアユ、イワナ、カジカなどの川魚。

夏の一大イベントが、焼き畑。焼き畑は南米や東南アジアの文化だと思っていたから、驚きました。実際に山を盛大に燃やすんです。焼け跡には赤カブの種をまいて、雪が降る前に収穫します。この赤カブの漬物も本当においしい。

秋になると稲刈りをして、山でキノコ、栗、栃の実を採ります。そして、秋から冬にかけては、ヤマドリ猟。ヤマドリ汁は、正月のお雑煮にもなる。これがまた絶品なんです。私はこってりラーメンが好きなんですけど、どんなラーメンのスープもヤマドリ汁にはかなわないと感じるほどです。

ヤマドリの羽根をむしっている最中
画像提供=大滝ジュンコさん
ヤマドリの羽根をむしっている最中