買収賛成で「労働者の敵」と思われたくない

ひるがえって日本製鉄とUSスチール問題については、日本という「友好国」の「友好的な企業」による買収なのだから、アメリカは支持すべきだと思う。とはいえ、今年は米国にとって選挙イヤーであるだけに、「政治」が絡んでくるのも理解できる。だから、とんとん拍子で事が進まない。

この問題は、まず、政治的なコンテキストや視点で理解する必要がある。そして、長期的な日米関係という観点で、この問題の重要性を大げさに報じるべきではない。実際のところ、日米の安全保障体制はますます強固になっている。

トランプ前大統領に限って言えば、政権を担っていないのだから、選挙戦の一環として、買収に対して断固たる態度を示すことなど朝飯前だ。

一方、バイデン大統領にとって、今回の買収問題はひと筋縄ではいかない。彼は労働者のストライキ支持を公言しているが、大統領としては極めて異例なことだ。自らを「最も親労働者の大統領」だと言ってはばからず、実際にそれを行動で示している。そうした点を考えると、たとえ買収がUSスチールの労働者にとって良い取引だとしても、バイデン大統領は(買収に賛成することで)「反労働者」だと思われたくないのだろう。

2019年のミュンヘン安全保障会議でのバイデン大統領(写真=Kuhlmann/MSC/CC-BY-3.0-DE/Wikimedia Commons

日米関係は維持したい、トランプからの批判も避けたい

その一方で、バイデン政権が日米関係を損ねたくないのは明らかだ。また、鉄鋼生産についても、アメリカが、自国のサプライヤーに加え、日本をはじめとする友好的な国々の供給によって十分な鉄鋼供給量を確保するのがベストだ。バイデン政権がそうした原則の弱体化を望んでいるとも思わない。

――全米鉄鋼労働組合(USW)本部は、大統領選の激戦州ペンシルベニアのピッツバーグにあります。バイデン大統領とトランプ前大統領が買収に懸念や反対を表明しているのは、ひとえにラストベルト(さびついた工業地帯)のブルーカラー層にアピールするためなのでしょうか。USWは今年3月、11月の大統領選でバイデン大統領を支持すると宣言しました。

基本的にはそうだが、バイデン大統領はトランプからの批判を回避したいと思われる。買収に賛成すれば、トランプが「バイデンは米労働者の利益を外国に売り飛ばそうとしている。米労働者のことなど、どうでもいいのだ」と言うだろう。トランプの格好の攻撃対象になりうる。

とはいえ、繰り返すが、この買収問題をアメリカ政治に照らし、その重要性を大げさに捉えるべきではない。バイデン政権はラストベルトの製造業やインフラに積極的に投資し、確かな成果を上げている。好調な米経済がバイデン大統領の支持率アップにつながらないのは少し不思議だが。