なぜ明らかな犯罪が野放しにされているのか

ウォータムは(タイムズ紙も)知らなかったが、これで彼女はコンピュータ詐欺・不正利用防止法(CFAA)違反を公然と認めたことになる。この連邦犯罪の処罰は、最長で懲役1年だ。たとえ他人のパスワードでログインすることが広く行われているとしても、HBOは利用規約でこれを明確に禁じている。

フォーブス誌の記者がウォータムを弁護して、あれは「合法」だと言ったが、その認識はまちがいだ。CFAAに照らせばウォータムはまず確実に有罪である。

だが、誰も気にしていないようだ──HBO以外は。他人のパスワードを使って大勢の人が視聴していることを、みんな知っている。授業で「この中にコンテンツを不法にストリーミング再生したことのある人はいますか」と質問したら、学生(法学部の学生も)のほぼ全員が手を挙げるだろう。

その半数は、自分のやっていることが違法とは知らなかったと弁解する(ほんとうだろうか)。残り半分は違法と知りつつやった、ということになる。これはれっきとした盗みである。こんなことを野放しにしておいてよいのだろうか。

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「パスワード共有」に罪の意識を感じづらい理由

まず一つ言えるのは、ストリーミング再生をしても盗みを働いているとは感じないことだ。パスワードを共有することは、店から『ゲーム・オブ・スローンズ』のDVDを盗むこととはまったく別だと感じられる。ウォータムと友人がDVDを万引きし、あとになってそのことをメディアで自慢するとは考えられない。

違法な再生と万引きの違いは捕まる可能性に帰結するのかもしれないが、それだけではないはずだ。というのもHBOは誰がコンテンツを再生したか、かんたんに突き止められるのである。

現にアメリカレコード協会は、音楽ファイル共有サイトのナップスター(Napster)経由で誰が音楽をダウンロードしたかを特定し、一人ひとりを相手取って数百万ドルの損害賠償訴訟を起こしている(ナップスターも提訴され敗訴した)。だからHBOにしても、誰が再生したか容易に特定できる。だがHBOは見て見ぬふりをした。

私たちは子供の頃から他人のものをとってはいけないと教えられて育った。この教えは、脳の最も原始的な部分に根付いた本能と一致する。ブルドッグも鳥もクマも他の個体の縄張りに足を踏み入れてはいけないことを知っている。

だが人間の本能は、無形物、たとえばアイデアについてはそうは感じないらしい。ある調査によると、「私の!」という言葉を小さな子供が発したとき、大人は「おもちゃか食べ物を誰かに取られたのだろうと考える。創作したジョークやお話や歌をとられたとはまず考えない」という。

おそらくストリーミングも脳の最も原始的な部分を刺激しないのだろう。パスワードの共有が法的にも倫理的にも悪いことだと感じられないのはこのためかもしれない。