2024年から、初代ミッキーマウスの著作権が切れ、誰でも自由に利用できるようになった。なぜディズニーは延長を申請しなかったのか。コロンビア大学のマイケル・ヘラー教授とカリフォルニア大学のジェームズ・ザルツマン教授は「高級ブランドがいかがわしい偽物を一掃しないのと同じだ。ディズニーは法的保護がさほど重要ではないことに気付いたのだろう」という――。

※本稿は、マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)の一部を再編集したものです。

誰のものでもないウィキペディア

所有者のいないオンライン・リソースでおそらく最も知られているのは、Wikipedia(ウィキペディア)だろう。ウィキペディアはボランティアの書き手と寄付によって成り立っている。ウィキペディアは百科事典という分野を駆逐してしまうほどの成功を収めた。いまどきの学生は百科事典がどんなものかさえ知らないだろう。

ウィキペディアの信頼性が高いことは、アップルのバーチャルアシスタントSiri(シリ)がウィキペディアを参照していることからもわかる。アマゾンのAlexa(アレクサ)もそうだ。

それだけではない。現代の生活に欠かせないようなソフトウェアの多くが知的財産権なしで作られてきた。たとえばブラウザにFirefox(ファイアフォックス)を使っている人は、他人の蒔いた種を収穫している。ウェブサーバーソフトのApache(アパッチ)もそうだ。アパッチはオープンソースのソフトウェアで、飛行機の予約サイトやATMなどで使われている。

ウェブブラウザに表示されるウィキペディアのホームページ
写真=iStock.com/sd619
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なぜ「他人のもの」の利用が許されるのか

他人の蒔いた種を収穫することは、大方の人が考えるよりも日常生活の一部になっているのだ。なぜこんなことが可能なのだろうか。

法律家も素人も、法的所有権こそが重要だというバイアス、いや裏付けのない思い込みに囚われている。だが多くの場合に法的所有権はさほど重要ではない。クリエーターは法的に保護されなくとも自分たちの労働で収穫を得るために、すくなくとも四つの手段を持ち合わせている。