採算度外視の事業
でも、残念ながら、この肉は日本では食べられません。基本的に日本で流通するクジラ肉は一度、冷凍されています。冷凍肉は、生肉に比べてどうしても味が落ちてしまう。
あの生肉が食べられないのは惜しい。そう感じた私は社長に就任してから、冷凍しない生肉の流通に力を入れてきました。
一昨年秋、冷凍せずに下関市場に水揚げしたイワシクジラの尾の身の生肉が1キロあたり約50万円で史上最高値を付けました。さらに去年11月には同じイワシクジラの尾の身の生肉が下関でキロ80万円で競り落とされ、最高値を更新したのです。
クジラの生肉にはそれだけの価値があると私は確信しています。
――生肉がクジラの需要喚起の鍵になりそうですね。もっと流通させることはできないのですか?
生肉を流通させるには、操業を数日休んで、生肉を積んだ船を1隻陸に向かわせなければなりません。1日で数百万円のコストがかかります。
でも、クジラ肉のファンを増やすには、クジラの本当の味を知ってもらう必要がある。新たな市場開拓のために、採算度外視で行っている事業なので、大量に流通させるのは難しい。
クジラ肉の知られざる効能
もちろん冷凍されたクジラ肉をおいしく食べる方法はあります。
クジラ肉の調理で難しいのは、解凍です。解凍するとうまみを含んだドリップと呼ばれる汁がどうしてもにじみ出してしまう。解凍に失敗するとドリップが一気に出て、味も食感も台無しになってしまいます。
解凍のコツは、ゆっくりと時間をかけること。冷凍庫から冷蔵庫に移して、1日から1日半かけて解凍させると味も風味も落ちません。さらに言えば、熟成させればもっとおいしく食べられる。
マイナス20度で保管していたクジラ肉をマイナス5度程度の環境に1週間ほど置いておく。そうするとゆっくりととけて、身が熟成されて柔らかくなり、うまみが肉全体に浸透していき、解凍してもドリップが少なくなる。本当にうまいですよ。
――クジラ肉のイメージを払拭するための2つ目の取り組みであるクジラ肉の成分についても教えてください。
たとえば、クジラ肉に含まれるバレニンには、肉体疲労、精神疲労を軽減し、免疫力を高める効果があります[杉野 友啓 ほか 株式会社総合医科学研究所 , 2013](※1)。
※1「鯨肉抽出の身体作業負荷および日常作業による疲労に対する軽減効果」
またクジラの脂は、オメガ3脂肪酸の塊です。脂には柔らかい脂と硬い脂があると言われています。牛肉に代表されるような固い脂ばかり食べていると脂肪肝になってしまう。マウスによる実験の結果ですが、脂肪肝になったマウスにクジラの柔らかい脂を摂取させると症状が改善される[Satoshi Hirako , Takahiro Hirabayashi 他, 2023](※2)。