なぜ〈固い〉〈臭い〉というイメージなのか

とくにクジラのオメガ3脂肪酸には、海生哺乳類だけが持つDPAという成分が含まれています。アラスカのエスキモーには、脳梗塞や心筋梗塞が少ないというデータがあります[隆, 1987](※3)。

※3 白血球アラキドン酸代謝を介するeicosapentaenoic acidの抗炎症作用

彼らは海生哺乳類の脂を頻繁に摂取する。DPAが作用した影響ではないかと考えられています。

年を取って卵が生まなくなった鶏に、クジラの脂からつくったパウダーを与えたら、再び産卵するようになったという報告もあります(取引先が行った社内テスト)。

クジラは長寿の動物なんです。少し前の話ですが、先住民が捕獲した北極クジラの頭部から19世紀に使われていた銛がでてきたそうです。このクジラは200年以上生きていた。クジラ肉にふくまれる成分に若返りや長寿の秘密があるのではないか。そうした推測のもと、いま研究を進めているところなんです。

私は大学時代に食品学科で学んだせいか、クジラ肉の成分にとても関心がある。クジラ肉が持つポテンシャルに好奇心が刺激されるのかもしれません。

――さまざまな研究が進んでいるのに〈かたい〉〈くさい〉という昭和のイメージのまま止まっているのですね。

その原因は、調査捕鯨時代に新規参入する加工屋さんや料理屋さんがいなかったからです。

調査捕鯨がはじまった1987年、クジラをあつかってきた加工屋さんや料理屋さんはクジラ肉の供給がストップして、経営を続けられないのではないかと戦々恐々としたそうです。

そこで水産庁はクジラを手がけてきた業者にクジラ肉の安定供給を約束した。そうした経緯があり、商業捕鯨が再開されるまでの32年間、新しい事業者がクジラ肉を扱いたくても、手に入りにくかったのです。

「築地ボン・マルシェ」のシェフが考えたクジラ料理。左上から①クジラ肉を使った米粉パン、②赤肉のタルタル、③さえずりを使ったコロッケ、④タラバガニとクジラの春巻き
撮影=プレジデントオンライン編集部
「築地ボン・マルシェ」のシェフが考えたクジラ料理。左上から①クジラ肉を使った米粉パン、②赤肉のタルタル、③さえずりを使ったコロッケ、④タラバガニとクジラの春巻き

32年間進化も進歩もしなかった業界

つまりクジラを専門にあつかう業者は、競争を知らずに32年間を過ごしてしまった。それがいかに異常な状態か。

町中の居酒屋を想像してください。あまたの店のなかから、お客さんに選んでもらうために、さまざまな工夫をして、店の個性を出している。激しい競争のなかから、サービスや料理の新たなアイデアが生まれるんです。

しかし料理屋や加工屋だけではなく、われわれ共同船舶もふくめた捕鯨業界全体が32年前で進化も変化もないままストップしていた。業界全体が、補助金で守られてきたために変化を望まなかったんです。困ったら誰かが助けてくれるという意識が根付いてしまった。

そんなぬるま湯からは、新商品や新しいサービス、起死回生のアイデアは生まれません。業界全体が意識を変えなければならないんです。

――いま、おいしいクジラを食べられる店はあるんですか?

商業捕鯨になってから、新規参入する業者が増えました。手頃な値段で楽しみたいのなら虎ノ門の「鯨の胃袋」さん。予約がなかなか取れないほど人気になり、3店舗を展開しています。

新母船・関鯨丸の母港になった山口県下関の「日新丸」もいい。日新丸は、今年関鯨丸が竣工するまで、三十数年にわたり、日本の捕鯨を支えてくれた捕鯨母船です。社長が全国飲食業生活衛生同業組合連合会のナンバー2で、新たなクジラ料理を考案してくれています。