生活維持サービスの生産性をどう上げるか

【冨山】最近、「リスキリング」の議論が盛んになされていますが、私は「ホワイトカラーからホワイトカラーへの転職はあきらめろ」と言っています。ホワイトカラーの半分から3分の2くらいの人は、ノンデスクワーカーのほうに移ったほうがいい。

20世紀以降、特に戦後、高度成長期以降の日本の高等教育は、漫然とホワイトカラーを量産するというしくみで成り立ってきましたが、これではもうダメなんです。

「ルイスの転換点」では、農業人口が激減してブルーカラーになりました。いまのホワイトカラーは、その延長線上にあります。ブルーカラーのかなりの割合がホワイトカラーになったのが情報化革命の進んだ20世紀後半ですが、今後はホワイトカラーが激減していくはずです。

これまでは、相対的にホワイトカラー、デスクワーカーのほうが生産性も賃金も高く、ブルーカラー、ノンデスクワーカーが生産性も賃金も低いという二重構造でした。しかし、これからこの構造は変わっていく。ノンデスクワーカーが足りないのだから、ノンデスクワーカーの生産性を上げることを真剣に考えないといけません。

【古屋】そうなんですよね。もうすでに問題が顕在化しているわけですから。

【冨山】面白いのは、大企業の人と議論をしていると、よく「営業や管理部門の中高年が余っている」という話になるんです。

【古屋】やはり、そういう議論になりますよね。私も東京ではよく聞く意見です。

【冨山】その年代になると、だいたい管理する側に回ってしまうから、余ってしまう。それで「人が余っているけど、どうしよう」という議論を延々としている。ところが、たとえばその会社が製造業なら、工場をつくろうと思っても現場で働く人がいないんです。それなら、40代、50代の管理職たちに、「もうポストがないから、申し訳ないけど工場に行って」と言わざるをえないんです。

【古屋】私も完全に同意見なのですが、ただやはり「ホワイトカラーであり続けたい」という心情的な問題もあるんじゃないでしょうか。

【冨山】それは確かにそうかもしれません。しかし、「ルイスの転換点」では、誇りを持って農業に従事していた人がみんなブルーカラーに移行した結果、賃金上昇が起きているじゃないですか。

【古屋】農業で働くよりも工場で働くほうが給料がよかった、という市場原理が働いているわけですよね。やはりまずは、それを起こす必要がありますね。

【冨山】ノンデスクワーカーの生産性と賃金を上げないと、そのシフトは起きませんから。

医療・福祉の生産性を上げないと人材が流出する

【古屋】まさにそこがポイントだと思っています。日本の非製造業、たとえば医療や福祉の仕事は労働集約的で、ここ20年くらい生産性がほとんど上がっていません。その中で、医療・福祉への労働投入量がこの10年間で1.4倍になっている。

これは、日本にとっては大きなマイナス要因です。つまり、ただでさえ細っていく担い手を医療・福祉に続々と投入しないと維持できない。今後、85歳以上人口は倍近くになりますから、投入量はさらに増えていきます。

【冨山】それでも、頭数がぜんぜん足りない。

【古屋】そうです。もはや「ブラックホール」です。

【冨山】結局、テクノロジーもすべて駆使して、生産性を上げていくしかないんですよ。

【古屋】そうしないと、いずれは現役世代を全員、医療・福祉に投入しなければいけなくなる。

【冨山】いまのままだと、賃金も上げられませんからね。ところが、介護職員の給与の原資となる介護報酬は、国の財政でけっこう抑えられてしまっているんです。2024年度の賃上げも1%程度にすぎません。一方で、観光業とかは大幅に賃金が上がっている。

【古屋】上がっていますね。大手も中小企業も、上げられる会社さんが出てきています。

【冨山】介護の現場というのは、実質的には対面サービス業なんです。介護職でちゃんと機能する人は、ホテルなどでも通用するんですよ。言葉があまり通じない顧客とのコミュニケーションも上手にとれて、あれだけの重労働をこなしているわけなので。

介護の現場で頼られるような優秀な人材は、観光業からしたら喉から手が出るほど欲しい。当人たちにとっても、いまよりきつくない仕事で、いまより賃金がよければ、そちらに移ってしまうでしょう。

【古屋】このままだと、人材が流出してしまいますよね。

【冨山】足りない労働力を補うために、どんどん取られていきますよ。

【古屋】じつはいまもう、それが起き始めているんですよ。介護施設の理事長さんなどに話を聞くと、地域内でも賃金が変わり始めた、と。賃金を上げる会社が出てきて、介護福祉士の資格を持っていた若者がそっちに転職してしまうそうです。

【冨山】運転手だって同じです。物流・運送業界では今年の4月から労働供給量がものすごく減ってしまいます。当然、給与水準は上がっていくでしょう。そうしたら、同じ運転手稼業の中で奪い合いが始まりますよ。

【古屋】時間外労働時間の上限規制に起因する、いわゆる「2024年問題」ですね。

写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです