政局ばかりを追いかけるマスコミの政治報道

――なぜ政治家が目の前の問題に終始するようになったのでしょうか。

【御厨】僕はマスコミの政治報道にも原因があると思っています。ここ数年の新聞は本当につまらなくなったでしょ。自民党の総裁選はどうなるのか、次の首相は誰か、衆議院の解散はいつか。政治記者はいつも政局や政治日程ばかりで、大きな議論が完全に抜け落ちているんです。

今年1月の能登半島地震の報道も同じです。「岸田首相が何時何分にどこに着いた」と報じるだけで、いちばん大事な「着いて何をしたか」は書かれない。岸田さんを「初動が遅い」と批判するけれど、歴代首相に比べたらよっぽど早く官邸に入りましたよ。これで遅いと言うなら、一体何をもって早いと言えるのか。

初動対応の次は現地入りをめぐる批判が必ず起きる。遅いと叩き、行けば今後は「政治的なパフォーマンスだ」「ろくに挨拶もしないで帰った」などと批判する。そして紙面は「助かった命が助からなかった」という悲劇のオンパレードです。マスコミの人に「政治家に何を求めているのか」と聞いたんですが、彼らは何も求めていない。ただ政治家を批判することが目的になってしまっているんですね。

撮影=遠藤素子
政治報道に欠けているものは何か。政局優先、批判のための批判になっていないだろうか

政治家、官僚が形式主義に陥っている

【原】昭和の政治と比べても非常に窮屈ですね。『戦後政治と温泉』を書いていて、すごく驚いたことがあるんです。戦後の歴代政権のうち、吉田茂から岸信介までの時代には、首相が温泉地に滞在したまま帰って来ず、閣議をすっぽかすこともあったんですね。

【御厨】今だったら大問題になるよね。

【原】そうそう。しかし、当時の新聞を読んでも「例の如く箱根へ姿を消してアッケラカン」などとあるだけで、全然問題視されない。滞在期間も長く、吉田茂は6月から10月にかけて断続的に箱根での滞在を続け、必要に応じて東京や大磯との間を往復するときもあった。そういう政治が当たり前だったんですね。それが60年代以降になると、池田勇人は仙石原に滞在する場合でも、週末しか東京を離れなくなる。佐藤栄作の時代になると箱根や伊豆の温泉地自体に行かなくなり、もっぱら軽井沢になるんですね。

【御厨】制度化が行き過ぎて、今は政治家も官僚も形式主義に陥っている。僕は東日本大震災の後に「復興構想会議」(2011年4月から翌年2月まで設置された首相の諮問機関)の議長代理を務めましてね。その時に実感したんですね。被災地を訪問した時、駅に降りる直前になって官僚から防災服に着替えるように言われたんです。でも服のサイズが合わなかった。すると官僚は「我慢してください、記者が映す間だけですから」と言ったんです。完全な形式主義。スケジュールが詰まっていても、そういうことだけはちゃんとやる恐ろしい官僚主義なんですね。

これは悪口しか言わないメディア対策でもあるんですが、政治がどんどんやせ細って「とうとうここまで来たか」と実感しました。